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”まちに出た、建築家たち。”ーNPO法人家づくりの会

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沢田マンション

以前高知に出張した際に、束の間でしたが念願の「沢田マンション」に足を運ぶことができました。
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戦艦や要塞のようにも見えるこのマンションは建築の専門知識のない沢田ご夫妻が、100世帯のマンションを自力で造ることを試みた共同住宅兼自邸であり、正に人生そのもののコンクリートの「塊」といえます。
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自力での建設にあたって全国から8年の歳月をかけてかき集められた発動機が無造作に屋外にいくつも置かれており、入り口付近には「沢田マンション建設のきっかけとなった発動機」と題した掲示文とともに、年季の入ったヤンマーディーゼルの発動機が展示されていました。

始まりは1971年ということは、当方と同じ歳を重ねてきたことになります。

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その歳月の生々しいリアリティを実際に見せつけられ、しばし鳥肌の立つ思いをもちました。

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この写真はマンションの顔ともなっている、この建物の成長の生命線であろう自作のゴンドラです。1階から屋上まで資材等を荷揚げが可能ですね。

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1階乗降部には長椅子が置かれ、この長方形の広い床ごとリフトされます。ゴンドラの昇降スイッチは、工事中の現場にある仮設リフトのスイッチそのもので、自身の現場監督時代を思いおこし、ある意味懐かしかったです。

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こちらは最上部にある自作のクレーンで、左は自家製ゴンドラ頂上部となります。ゴンドラ脇の階段を登ると屋上に出ますが、なんとそこには畑が広がります。自給自足まで目指したのでしょうね。

途中階には工房もあり、日常生活の全てがこの建物内で済むような勢いです。言わば小国家や一つの村そのものようにも思えました。

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共用廊下は広くとられ、物干しスペースを兼用しているようです。玄関ともなる入り口は、住人の好みで好き勝ってに創作されたものが多く見られました。(なかにはコールテン鋼のものまでありました)

南面にあるスロープは車も登ってこられるような広さをもちます。北側にも続き、屋上の自邸まで車に乗ったまま登坂できてしまいます。

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裏側にある北側回廊。こちら側にまでも車が入ってこられます。深い庇のため、暗さに配慮してか床には開口が設けられていました。


法の整備によってマニュアル化された現代ではあり得ないものとなってしまったある意味大変貴重な代物ですね。確認申請も構造計算もなんのそのです。

思い立った沢田さんの感覚と直に体験した多くの失敗を重ねた経験によって造られ続け、今も約70世帯の約100人が生活している現役建物であります。

行政上はただの違法建築物となってしまいますが、歴史上は昭和の遺産と言っても過言ではありません。この建物が遠い将来には、文化財として扱われるのか、ただ単に取り壊されてしまうのか…

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採光可能な、むき出しの異形鉄筋に白いペイントがなされているままの傾斜(車)路。上部の列柱は、ビルダーの更なる上階への建築の意志を感じました。

何もかも揃っていて、物を買うことで済ませてしまう至便性に富む現代。その反面、生き甲斐のもてないレールの敷かれたような人生を歩む現代人。家も買う時代。

ますます、生きる意義を考えねばならない時代です。このような建築や空間に触れることで、身体感覚をとり戻すこと。これは今の若い人達にも体感してほしいと感じてしまいました。


(杉浦 充/充総合計画)
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by npo-iezukurinokai | 2012-12-19 01:54 | 杉浦 充 | Comments(0)
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