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”まちに出た、建築家たち。”ーNPO法人家づくりの会

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福島

本日の窓口当番の丸石です。
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先月の初めに、福島県いわき市に行ってきました。

原子力発電所の周辺警備に、人員が足りないため、震災から
6年目を迎えた現在でも、九州は佐賀から 応援でかけつけて
いるようです。任務とはいえ、頭が下がります。
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2011年4月。震災1ヶ月後。いわき市久之浜町。
福島第一原子力発電所から南へ30kmの海沿いの町です。

当時、地元の方は
「地震、津波、火災、原発、4重苦よ。」と
焼野原を前に つぶやいておられました。
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2012年。震災後2年目。
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2013年。震災後3年目
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2014年。震災後4年目
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2015年。震災後5年目
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2016年。震災後6年目 現在。

海沿いに、遠大な防潮堤が築かれました。防潮堤の間近には
防災緑地が設けられるそうですが、津波で流されたはずの場所に、
また、新たに宅地を計画するようです。

失われたコミュニティーを取り戻すために、
流出してしまった人を、早く、戻したい。
地元の方の意向は 理解できるのですが・・

自然が、人智をあざ笑うように翻弄する。
人は、なすすべもなく、立ち尽くす。

人の力で、科学の力で、自然をねじ伏せきる事は
今後も、できないのではないのか。
そう思える光景を 見てきたと思うのですが・・

いつか、また同じことが 繰り返されないのか。
この国の 国民性の 問題なのでしょうか。

 自分の身に、立ち返ったとき、
設計した建物を、今後、自分は、安全だと、
言い切ることはできるのでしょうか。

倒壊はしません。ただ、度重なる揺れには
住めない家に なるかもしれません。と、
この6年を見てきた目で、それを口にする
事ができるのでしょうか。

ここでは、住めなくなれば、
6年の空白が生み落とされました。

「どうしたら、いいのだろう?」
海からの風が、音を立てて、砂を巻き上げます。
考えが、空転します。 ただ、ただ、無力です。


丸石隆行/tech to hook丸石隆行一級建築士事務所
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by npo-iezukurinokai | 2016-05-07 22:44 | 丸石 隆行 | Comments(0)
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