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”まちに出た、建築家たち。”ーNPO法人家づくりの会

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神奈川

本日の窓口当番の丸石です。
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幕末、黒船来航があって以来、近代日本の造船はここから
始まったであろう場所。旧浦賀ドック跡にやってきました。

黒船来航が江戸末期の1853年。

蒸気船をはじめて見て、おったまげて、その後、見よう見まねで
蒸気船をつくるところから初めたことを考えると、感慨深いです。

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さて、浦賀からある場所へ向かうことにします。
歩き始めて、びっくり!な、ななんて、起伏の多い場所!

平板の地図では、土地の起伏まではわからず。
崖から崖を上り下り、するような感覚です。
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「どないなっとんねん!?」
と、ひとり突っ込み。持ち出しの車庫が宙に飛び出しています。

それ以外にも どうして、建っているのか・・・
どうやって、建てているんだ?という家々に遭遇します。

ガケ申請、平均GL算定、急傾斜申請、そこに、
天空率なんて入ってきたら、ギャ~!!です。
ここで、建てておられる設計者のみなさま、尊敬します。
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ひとつ目の目的地。

浦賀を見下ろすような場所にたっている防衛大学校。
ここを受験して、受かっていれば、建築をやっていなかった
事を考えると、またも、感慨深いですね~。

父親に「防大行けば、学生なのに給料もらえるんだぞ!」
そういう言葉を刷り込まれ、行くものだと、思っていま
したが、今から考えると、ひどい話ですね(笑)。
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ふたつめの目的地。

旧横須賀造船所。現在の横須賀基地界隈にやってきました。
写真は、船をつくるための巨大なスチームハンマー。

1865年に江戸幕府がオランダから輸入した。と説明があります。
日本の近代化は、ここから始まったのですね~。
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1/100スケールの戦艦陸奥の模型。軍艦の設計者で有名な
平賀譲の手により設計され、ここ横須賀で造られ、戦時中に、
瀬戸内海で 謎の爆沈をした船です。

戦後、海に沈んだ船体の一部が引き上げられ、船に使われて
いた鉄が、放射性物質を含まない、戦前物だったことから、

ごく微量の放射性物質を測定するときに珍重される「陸奥鉄」
として、原子力関係の進展に寄与したそうです。
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海上自衛隊の護衛艦。3代目「てるづき」

現代の軍艦は 事前に探知するレーダー技術の進歩もあり、
そもそも敵の弾が当たらない前提で造られているようで、
鉄の装甲も薄いようです。

船の動力であるガスタービンエンジンも小型化、省力化
しているとのこと。ただ、軍艦自体が秘密の塊ですから
なにが本当かどうかはわかりませんが・・(笑)

 黒船来航が江戸末期の1853年。

100年や150年で造船・操船先進国とよばれる地位を築くよう
になったことを振り返ると、三度、感慨深いですね~

「失われた20年」という言葉がありますよね。
それでも・・・いつまでたっても、警戒される国である。
という事実は、「スイッチが入ったときの爆発力」
が、ひとつ、あるのかもしれませんね。


丸石隆行/techtohook丸石隆行一級建築士事務所


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by npo-iezukurinokai | 2017-07-29 23:44 | 丸石 隆行 | Comments(0)
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