70年代、京都には個性的なジャズ喫茶やロックバーがいたるところにあった。
ニコニコ亭、しあんくれーる、ビックボーイ、蝶類図鑑、聖家族、飢餓、ジグザグ、ザコ、ザックバラン、モダン、ブルーノート、万歳倶楽部、ジャムハウス、ヤマト屋、気まぐれ亭・・・・・レコード買う金もない僕は、高校の帰り道、そんな店に通い、珈琲で一服、本を読みながらいろんな音楽を聴くのが日課だった。そして店に置かれていたミニコミ誌や落書帖をみて時間を潰すのも楽しみの一つ、自主制作の映画チラシ、ボールペンで描かれた細密画、殴り書きの詩、漫画・・・・・青春の一コマである。
その頃はまだ学生運動の名残もあり、ヘルメットを被った人たちも健在。ベルボトムを履いたヒッピー、海外からのバックパッカーが流れてきた時代。京都はアジアの終着地などとも呼ばれていた。寺山修司の演劇ポスターが町中に貼られ、フランク・ザッパやストラングラーズが西部講堂にやってきた。
京都は、古い風習や様式などの伝統を守りつつ、常に新しい文化を発信し続けている。一元さんお断りなんていう古い風習もあるが、外からの新しい風に対しては意外と懐が広い。
伝統と得体の知れないもの、京都には裏と表の顔がある。それらが混ざり合い、一筋縄ではいかない独特なオリジナリティーが生み出されている。
京都を訪れ観光コースを見飽きたら、そんな当時からしぶとく残っている店に立寄ってみるのもいい。一癖ある人たちが混ざり合う、奇妙な空間。日常は溶け、闇の中から奇妙な世界が広がってゆく。京都の裏側が垣間見れるかもしれない。
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光風舎:吉原健一/
NPO法人家づくりの会】