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”まちに出た、建築家たち。”ーNPO法人家づくりの会

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カテゴリ:泉 幸甫( 15 )

台湾紀行Ⅵ 食事

台湾は料理がおいしい、と旅行した人、皆が言う。
と言われても行ってみないとわからない。
うん、やっぱり、美味しかった。
それも、特別のレストランでなくとも、そのあたりの食堂のメシがおいしいのだ。
台湾大学前にある店で学生がよく来るようだ。
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店先でテイクアウト、そういう学生の食べるものも美味。

その横にあった有名らしいタピオカの店。
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このタピオカは絶品だったのだが、地下鉄の乗り口で、ここから先は飲食禁止の表示。
「郷に入れば郷に従え」で、残念ながら、美味しいタピオカを最後まで飲み干せなかった。台湾ではホームでは飲食禁止なのだ。
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こんなエビ、カニを主にした顎が落ちるほどおいしい高級台湾料理も食べたが、
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一番美味しかったのは、街の食堂で食べたお昼のこの料理。
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こんなお昼を毎日食べたいなー。

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所


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by npo-iezukurinokai | 2017-08-04 17:33 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行Ⅴ 植物

台湾にも帝大があったとは知らなかった。
日本による統治時代に帝国大学として設立されたもので、日本の敗戦まで台北帝国大学としてあったそうだ。
ただ、内地の帝国大学が文部省の管轄であったのに対し、
台北帝国大学は台湾総督府の管轄だった、というのが違う。
現在は国立台湾大学と言って、台湾きってのエリート校。
このキャンパスは東大の配置計画とよく似ている。
東大には本郷通の正門から安田講堂に至る軸線と、
それに直行する道が何本かあるように、台湾大学も同じ配置計画。
日本の統治時代に帝大として作ったのだから似ることになったのだろう。
しかし規模が全く違う。台湾大学の方がはるかにデカイ。
この正門から講堂に至る軸線の両サイドには、南国らしくヤシの木がズラリと植えてある。
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このヤシの木はとっても立派。
名前を見たら、
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成る程、名前に相応しい。
このキャンパスをさらに進んでいったら、
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すごいトゲトゲがある。
恐る恐る触ってみたら、これは凶器になるくらい先が痛い程に硬く尖ったトゲだった。
名前が、すごい。
よく付けたもんだ、座布団一枚。
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さらに奥へと進んでいくと、根元の形が面白い樹があった。
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横から見たら、
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何だ、そういうことなのかと、感心したような、だまされたような。
こういう植物もあった。
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台湾大学のキャンパスは植物を見学するだけでも楽しい。
それは、台湾が亜熱帯と熱帯に属しているからだろう。
よく雨も降り植物は青々と茂っている。

これは台湾大学のキャンパスの中ではないが、
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何という名のシダか知らないけどデッカイ、凄いの一語。
最後に、台北の街中で見た、可憐な白い花。
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白い花は可憐でとっても好きなのだが、
根元に貼ってあった看板です。
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これも美人樹!
「海のマンゴー」という名前らしい。

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-08-04 17:29 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行 Ⅳ 建築街並み編

いま日本でもリノベーションが話題になることが多い。
台湾でかなりレベルの高いリノベを見た。
1950年ころにできた銀行の寮を、最近ホテルにコンバージョンしたもの。

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そう言われて見ると、かつて寮だったかも?と思えなくもないが、
60年前のRCをベースにしたものとは思えないほどエレガントだ。
道路と建物の間の距離の取り方も、とっても繊細にコントロールされている。
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このリノベの優れているところは、まったく新しい建物のようにピカピカにしてしまわないことだ。
古い建物の一部分をあえて残しているところもある。
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入り口の柱は日本でも高速道路の耐震補強に使われる炭素繊維で補強し、そのまま使って素材感を出している。
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内部の共用部分は、スラブをぶち抜き、屋上のトップライトから光が落ち、すがすがしい。
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客室の家具も細やかに設計されていて、冷蔵庫や洗面器、金庫、引き出し、リネン入れなどが一体化されている。
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そしてこのコンバージョンの圧巻は、台湾の街に暮らす庶民の生活の風景がホテルの中へ自然に入ってきていることだ。
この堂々と日常生活を見せることに、自己のアイデンティティーへのリスペクトと共に、誇りを感じる。
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このコンバージョンをやったのは郭旭原さんという台湾の建築家で、彼が直々に案内してくれた。
FORIO DAANというホテル。
このリノベには随所に建築家としての基本的なちゃんとした技術が随所に見られた。
いま日本の若い建築家の間でもリノベが流行っているが、郭さんのようにちゃんとした技術の裏付けを持ってやっている人は少ない。

次に台湾に行くときは是非止まってみたい宿屋だ。

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-08-04 17:21 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行 Ⅲ 建物・街編

九份(きゅうふん)は台湾島の北の端にあり、かつて金を産出した鉱山の町。

日本の統治時代に藤田組が大々的な金採掘をやったらしい。藤田組なんて名前が出てくると建築関係者として身近に感じる。台湾紀行Ⅱでも書いた日式住宅が残っていたり、金鉱博物館がある。金鉱博物館には10億円くらいの金塊が飾ってあって、触ることができる。
しかし、圧巻なのは九份の商店街。幅2~3m位の狭い道の両側に店がぎっしりと延々と続き、人でごった返している。どのくらい歩いたかはわからないが、1km以上はあったはず。
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そんな通りの途中に素敵な階段道があった。

本当は人でごった返していたんだけど、できるだけ人がいなくなった時に撮った写真です。
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この九分の街を歩いて思い出したのが京都の先斗(ぽんと)町。

先斗町も道幅が狭くて歩いていて心地よく、楽しい。
しかし、日本では道幅を防火の点から順次4m以上にすることになっていて、先斗町のような街並みを残すには大変な努力がいる。

消防活動の点から考えると、道幅が狭い木造でできた日本伝統的街並みは確かに危険だ。

でも九份の蛇のように長く建ち並ぶ建物は、よく見るとコンクリート造でできている。九份ががここまで何十年も残ってきたのは、コンクリート造だったからだろう。そうでなかったら、とっくに消えていたに違いない。

ところで九份で不思議なドアを発見!
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不思議でしょう?

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-08-04 17:18 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行 Ⅱ 建物・街編

前回は戦前の日本人が建てた建物を紹介したが、今も日本の店がかなり進出している。こんな店もあった。

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ここは台湾?と見紛うばかり。

モスバーガーは人気があるらしく行列ができていた。セブンイレブンにファミリーマートも吉野家も、すき家に大戸屋もある。セブンには僕がいつも使う歯間ブラシも綿棒も置いてあった。日常の日本が台湾にまで延びていた。

台北には所狭しと集合住宅がひしめき合っている。でもよく見るとに日本の集合住宅と何かが違う。それは何かと思いよく考えてみたら、バルコニーのはね出しは日本ではコンクリートで作るが、台湾でははね出し部分だけを鉄骨で作ったものが多い。

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この鉄骨造のはね出しは、階によっては外部空間に解放されたいわゆるバルコニーだったり、格子で全面的に囲ったり、場合によってはサッシがついて室内化しているものなど、変化に富んでいて見飽きない。

何故はね出し部分だけを鉄骨造にするかと言えば、水平部分をコンクリートで作るには、型枠、支保工が大変で、垂直方向だけコンクリートを打ち、出っ張っている部分はカセットのように後でカチャッと取り付ければ簡単だ。。だからこのような構法は世界中にある。これはアメリカでもよく目にした。

これはボストンで撮った写真。洗練されています。

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このような構法をなぜ日本でしないのか、施工上大変簡単になるが、どうしてかと不思議になった。

今度、防火の専門家に聞いてみようと思うが、多分、防火・非難に関連する規定で鉄骨丸出しでは耐火構造にならないからではないだろうか。



台湾の新しい市街地では、集合住宅も全く新しい景観を作っている。

資本経済に巻き込まれた都市の景観だ。

台湾中部の町、台中の中心地の風景です。

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アメリカと言ってもいいし、中国の沿岸都市と言ってもいい。

でも、どこか日本の高層建築とは違う。

左右対称のファサードで、古典的な造形感覚が入っている。

ところでこのマンションの多くは台北の人が投機目的に所有していて、半分は空き家らしいとか。

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-06-24 15:06 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行Ⅰ 建物編

所要あり、台湾に行くことになった。

韓国には古い民家を見るためにしばしば行っているが、やはり近い台湾には行ったことがなかった。

何となくどんな所か、勝手にイメージしてたが、やはり行ってみないとわからない。

東南アジアでもあるし、中国も、それに日本、そしてグローバリズムも入っている。

まずはアジア的建物から。台北には古い高層の集合住宅がびっしりと建ち並んでいる。九龍城に負けない迫力。
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日本が支配していた時代の建物も数多く残っている。

戦前に建てられた日本人の住宅は入母屋造りですぐわかる。

韓国にも残っているが、いわゆる日式住宅と呼ばれる戦前に日本がアジア各地で作った日本人の住まいだ。

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台北では今、大事に保存改修されて公共施設として使われたりしていた。このように保存してくれていることに、ありがたい気持ちが沸いてくる。

これは九份(きゅうふん)という日本が金山を開発したところに残っている昭和天皇が皇太子時代にここを訪れるために建てた建物らしい。

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庇の出が短いのがちょっと気になるが、ここに立つと、もうほとんど日本。もっともこの建物に昭和天皇は来なかったらしい。

店舗も相当作ったようだ。

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これはやはり日本が作ったタバコ工場で、現在はリノベされて文化施設の展示場として使われている。結構プロポーションが美しい建物だ。

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これは中国スタイルの建物で、お茶屋さん。

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とっても気品のある建物だった。

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建物を見るつもりで入ったら、知らない間にティー・セレモノニーになっていて、高~い烏龍茶を買うことになってしまった。
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泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-06-24 15:02 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行Ⅰ 建物編

所要あり、台湾に行くことになった。

韓国には古い民家を見るためにしばしば行っているが、やはり近い台湾には行ったことがなかった。

何となくどんな所か、勝手にイメージしてたが、やはり行ってみないとわからない。

東南アジアでもあるし、中国も、それに日本、そしてグローバリズムも入っている。

まずはアジア的建物から。台北には古い高層の集合住宅がびっしりと建ち並んでいる。九龍城に負けない迫力。
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日本が支配していた時代の建物も数多く残っている。

戦前に建てられた日本人の住宅は入母屋造りですぐわかる。

韓国にも残っているが、いわゆる日式住宅と呼ばれる戦前に日本がアジア各地で作った日本人の住まいだ。

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台北では今、大事に保存改修されて公共施設として使われたりしていた。このように保存してくれていることに、ありがたい気持ちが沸いてくる。

これは九份(きゅうふん)という日本が金山を開発したところに残っている昭和天皇が皇太子時代にここを訪れるために建てた建物らしい。

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庇の出が短いのがちょっと気になるが、ここに立つと、もうほとんど日本。もっともこの建物に昭和天皇は来なかったらしい。

店舗も相当作ったようだ。

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これはやはり日本が作ったタバコ工場で、現在はリノベされて文化施設の展示場として使われている。結構プロポーションが美しい建物だ。

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これは中国スタイルの建物で、お茶屋さん。

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とっても気品のある建物だった。

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建物を見るつもりで入ったら、知らない間にティー・セレモノニーになっていて、高~い烏龍茶を買うことになってしまった。
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泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-06-24 15:02 | 泉 幸甫 | Comments(0)

高知、愛媛の旅 Ⅰ

「家づくり学校」では毎年この季節になると修学旅行をやっている。もちろん建築を見て歩く旅行で、先生も生徒も建築が好きな連中ばかりだから、建物を前にしてあーだ、こーだと言いながらの旅で、これが本当に楽しい。待ちに待った修学旅行です。今年は高知から愛媛へ抜ける竜馬の脱藩ルート。

最初は吉良川の街並み見学。吉良川は室戸岬に近く台風銀座。日本の風雨の強いところでは瓦の隙間から水が侵入しないように漆喰で守っているが、特にこの高知は瓦の周りのいたるところが漆喰で覆われ、さらに水切り瓦が外壁に何重にも付けられている。
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漆喰はもちろん土佐漆喰。土佐漆喰は藁を何度も入れて発酵させ、残った繊維分で強度を高める。土佐漆喰は、白い左官壁に使ったことがあるし、またハンダという粘土と土佐漆喰を半々に混ぜるものがあるが、それによく使ってきた。普通の漆喰より強い。

高知では瓦を漆喰で頑丈に固めるため、瓦は瓦屋というよりむしろ左官屋の仕事だったとか。

かつて高知の蔵の水切り瓦のド迫力を見て感激し、瓦の代わりに板金の水切り付けたことがある。比較すること自体に無理があるかもしれないが、高知の蔵にはかなわない。
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続きは >>>泉幸甫建築研究所ブログにて

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所
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by npo-iezukurinokai | 2017-03-31 16:08 | 泉 幸甫 | Comments(0)

金地院/かわいいアマガエル

本日は泉 幸甫/泉幸甫建築研究所です。
さて、何を書こうかな…っというわけで自分のブログから拝借♪
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京都南禅寺の隣に金地院というお寺があります。
金地院は小堀遠州作の鶴亀の庭というので有名。

その鶴亀のうちの亀の方に、ほとんど枯れたような松の木が植わっていてこれが凄い。
龍のような松。
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金地院にはこの庭の他に、やはり小堀遠州作の茶室「八窓席」や数々の襖絵があって楽しい。
襖絵のうち長谷川等伯の襖絵「猿候捉月図」「老松」をホントに身近に見れるのがいい。
どうやって書いたか作者の筆遣いを追うことができる。
……………………………………………………………………………………………………
先日、茨城県の植木畑に行った時のこと。
畑を歩いていたら、小さな体長1センチくらいのアマガエルが。
植木畑の奥さんがひょいとつかむと逃げ出して、腕にペタッ。
アマガエルってかわいい、かわい過ぎ。
それに緑色がとってもキレイ。
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思わず連れて帰りたくなったけど、東京じゃかわいそうでやめにした。
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泉幸甫のBLOGへお越し下さい。

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by npo-iezukurinokai | 2015-07-28 16:13 | 泉 幸甫 | Comments(0)

最近読んだ本「森と日本人の1500年」☆☆☆

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現在、日本列島の2/3が森林。
しかしその姿は時代と共に変化してきたことは意外と知られていない。
日本の森は99%人間の手が加えられていて、もとからそこにあったものではない。
その変化を古代から戦後の拡大造林期まで扱い、日本における森と文明の関係史ともいえる本。
戦国時代と明治期はもっとも森林破壊が進んだ時代で、
明治初期には45%にまで落ち込んでいたらしい。
また、1950年GHQは 山林局長を法学部出身の素人でなく、
林学の専門家である「技官」をトップに置くことを勧告したが、
GHQ がいなくなると、官僚が地位を取り戻し、骨抜にしたことのことなど、
森を通して日本という国が見える幅広い視野に立った本。
さらに、森づくりには「美しい風景」という概念が必要、と言い切るところは大いに共感。
そんな概念が通用するときがいつか来て欲しい。


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by npo-iezukurinokai | 2015-04-16 16:24 | 泉 幸甫 | Comments(0)