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”まちに出た、建築家たち。”ーNPO法人家づくりの会

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カテゴリ:丸石 隆行( 14 )

千葉

本日の窓口当番の丸石です。
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いつからだったのでしょうか。

「夢の国」が「瞑想&忍耐の国」になってしまったのは・・・
荷物持ち。荷物番。お供の家来。になってしまったのは・・・

娘さんをお持ちの、世のお父様方なら 避けられ難い
千葉にある、東京ディズニーランドでございます。
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「私がいない間に食べないでよ!(怒)」

飢えと寒さにふるえて、やっと腰かけた自分に なんと、
情け容赦ないお言葉。。娘が妻と一緒にトイレに行きました。

残された、ポップコーンを盗むように口に押し込み、
深いため息とともに、道行く家族連れをボーッと眺めます。
「あぁ、このポップコーン、なんて美味しいんだ・・」

ふたりがトイレからなかなか戻ってきません。
20分ほどで、待ちきれず、妻に電話。

「今、お土産見てるから、ごめんね!」
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あ〜 無情。いや、無常!
瞑想の時間にも 限度というものがあります。

これは、何か目的意識をもって、積極的に関わらないと
高額な瞑想時間になってしまいます。
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見上げる先に照明器具・・・
そうだ!
照明だ。照明器具にフォーカスして。この国を楽しもう!
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うーん。さすが、「夢の国」です。多種多様な照明器具が
あるではないですか。
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「夢の国」を演出するために、相当な数のイルミネーション
及び、照明が配されていることに気づきます。
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場所によっては裸電球を残し、
時代とともにLED電球に順次、差し替えているとはいえ、
相当な電気代のはずです。
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鉄板?銅板?叩き出しで造られたランプ達。
電球を覆うガラスもエイジング加工がきちんとされています。
光源が電気ではなく、炎であることを演出するためでしょう。
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電気の供給元である電線部分はもちろん、上手に隠しています。
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楽しくなってきました。
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ランプの中が、どうなっているのか、気になります。
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驚きました。電球の周りを白い不織布で覆って照度を調整。
より、炎感を出すように工夫しでいるのでしょう。
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LED電球が登場する前。
裸電球時代で苦労したであろう事はランプ内の熱の逃がし口です。
裸電球は熱がこもると、長持ちしません。

LED電球が画期的なことは 閉じた照明器具が積極的に作れる。
ということではないでしょうか。

熱の逃がし口が、家形に作られた上部にあります。
細い金網で美しくデザインされています。

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さすが、「夢の国」。妥協せず。か。

このランプ。欲しい! いい形をしとるやないか〜
あの現場にあれば・・・と、想像が膨らみます。
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これは、帰ってきた後に 某照明器具メーカーの
担当者さんから直接聞いた話ですが、

「夢の国」の照明器具は某大手メーカーが、一から
設計協力して、ほとんどを作っているとのこと。

照明にまつわるあれこれ、おもしろいお話しもありましたが、
「夢の国」を壊してはいけません。お口を閉じましょう。

  帰路、娘に聞きました。
「いやぁ〜楽しかったね〜。楽しかった?」

「そうでもなかった・・・」

あぁぁ。無常!!



丸石隆行/techtohook丸石隆行一級建築士事務所

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by npo-iezukurinokai | 2017-12-07 12:36 | 丸石 隆行 | Comments(0)

大阪

本日の窓口当番の丸石です
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阪急電車です。

大阪でも「キタ」より北。ホクセツ(北摂)とよばれる地域の
箕面・池田で育った自分には なじみの深い電車です。

現在の阪神阪急ホールディングスの創立者である
実業家 小林一三が電車を敷き、まちづくりをしてきました。

「東の渋沢・西の五代」「東の五島・西の小林」
といわれる あの小林一三です。
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信長が見つけ、秀吉が育て、五代に救われた 商都大阪。
息を吹き返した大阪に、サントリー創業者の鳥井信治郎や

パナソニック創業者の松下幸之助、そして、小林一三などが
同時代で活躍しました。熱い時代ですね~。

そんな商都から北へ、元々は歴史ある土地に電車を通し、
ベッドタウンをつくってきたのが、小林一三です。
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そう、彼が創業したものの中にヅカ(宝塚歌劇団)もありました。
「シンゴジラ」や「君の名は」でウハウハだった東宝もそうです。

宝塚が近く、身近であることもあったのか、同級生の女の子が
タカラジェンヌになった。という話はちょいちょいありました。

電車を敷き、娯楽をつくり、人を集め、街をつくる。
遠大にして、王道。彼が生きていれば、すべてがそろった飽食
の今の時代のまちづくりをどう考えたでしょうか。。。
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阪急百貨店うめだ本店です。
「キタ」の起点である梅田にあり、私が育った箕面・池田と
線路でつながっています。

そうなんです。小林一三が敷いたレールの上を
自分は歩んできたのです。レールが文化や景色をつくり、
人生の元風景をつくっているかもしれないのです。

まちづくりには 深謀遠慮が必要ですね。

丸石 隆行/techtohook丸石隆行一級建築士事務所


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by npo-iezukurinokai | 2017-09-12 22:48 | 丸石 隆行 | Comments(0)

神奈川

本日の窓口当番の丸石です。
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幕末、黒船来航があって以来、近代日本の造船はここから
始まったであろう場所。旧浦賀ドック跡にやってきました。

黒船来航が江戸末期の1853年。

蒸気船をはじめて見て、おったまげて、その後、見よう見まねで
蒸気船をつくるところから初めたことを考えると、感慨深いです。

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さて、浦賀からある場所へ向かうことにします。
歩き始めて、びっくり!な、ななんて、起伏の多い場所!

平板の地図では、土地の起伏まではわからず。
崖から崖を上り下り、するような感覚です。
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「どないなっとんねん!?」
と、ひとり突っ込み。持ち出しの車庫が宙に飛び出しています。

それ以外にも どうして、建っているのか・・・
どうやって、建てているんだ?という家々に遭遇します。

ガケ申請、平均GL算定、急傾斜申請、そこに、
天空率なんて入ってきたら、ギャ~!!です。
ここで、建てておられる設計者のみなさま、尊敬します。
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ひとつ目の目的地。

浦賀を見下ろすような場所にたっている防衛大学校。
ここを受験して、受かっていれば、建築をやっていなかった
事を考えると、またも、感慨深いですね~。

父親に「防大行けば、学生なのに給料もらえるんだぞ!」
そういう言葉を刷り込まれ、行くものだと、思っていま
したが、今から考えると、ひどい話ですね(笑)。
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ふたつめの目的地。

旧横須賀造船所。現在の横須賀基地界隈にやってきました。
写真は、船をつくるための巨大なスチームハンマー。

1865年に江戸幕府がオランダから輸入した。と説明があります。
日本の近代化は、ここから始まったのですね~。
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1/100スケールの戦艦陸奥の模型。軍艦の設計者で有名な
平賀譲の手により設計され、ここ横須賀で造られ、戦時中に、
瀬戸内海で 謎の爆沈をした船です。

戦後、海に沈んだ船体の一部が引き上げられ、船に使われて
いた鉄が、放射性物質を含まない、戦前物だったことから、

ごく微量の放射性物質を測定するときに珍重される「陸奥鉄」
として、原子力関係の進展に寄与したそうです。
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海上自衛隊の護衛艦。3代目「てるづき」

現代の軍艦は 事前に探知するレーダー技術の進歩もあり、
そもそも敵の弾が当たらない前提で造られているようで、
鉄の装甲も薄いようです。

船の動力であるガスタービンエンジンも小型化、省力化
しているとのこと。ただ、軍艦自体が秘密の塊ですから
なにが本当かどうかはわかりませんが・・(笑)

 黒船来航が江戸末期の1853年。

100年や150年で造船・操船先進国とよばれる地位を築くよう
になったことを振り返ると、三度、感慨深いですね~

「失われた20年」という言葉がありますよね。
それでも・・・いつまでたっても、警戒される国である。
という事実は、「スイッチが入ったときの爆発力」
が、ひとつ、あるのかもしれませんね。


丸石隆行/techtohook丸石隆行一級建築士事務所


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by npo-iezukurinokai | 2017-07-29 23:44 | 丸石 隆行 | Comments(0)

高知

本日の窓口当番の丸石です。
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3月のお話ですが、 
家づくり学校の修学旅行で高知に行ってきました。

国の調査によると、世帯あたりの飲み屋で使う飲食代が
全国1位になるような 酒豪の国のようです。

他にも、一人あたりのビール消費量がすごいやら、
お酒にまつわる土佐弁が商店街には あふれています。

「たっすいがはいかん!」「おきゃく」「いごっそう」など
はてな?と思った言葉は、ほぼお酒にまつわる言葉だった
ことに、「衝撃」ならぬ「笑撃」を受けました。

そんな、明るい国の まちあるき・建築巡りです。

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吉良川町の「いしぐろ」とよばれる石垣塀。

浜辺や河原の石を 半分に割ったりして積み上げたものです。
近くにある、拾ってきたよ。的な素材。目から鱗です。

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こちらは、高知県立牧野植物園の温室で使われていた壁。
水と緑との相性がとてもよく、今後の参考になりました。

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白亜の城。沢田マンション。素人が独力で建てた集合住宅です。
夫婦二人で造り始め、20年近くをかけて造られてきたようです。

その奥様にお会いしました。
このような破天荒な伝説を生み出した方です。

初めは、おそるおそる遠くから伺っていましたが
予想に反して、とても気さくな方でホッとしました。
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ベランダに 無造作に干された洗濯物が青空に映えます。
むきだしの建物からのぞく生活。整えられた景色に慣れているので

ここで感じる感覚は大事にしないといけないと思いました。

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高知城。まったく期待をしないで見に来たのですが
感激。開館時間をすぎていたので、外郭をみるだけ。

この写真ではわからないのですが、
天守閣がメインの石垣の軸線とは違って振れています。

なんだか、手間がかかっているように感じるのですが、
高知の気候風土に関係するのでしょうか。

次回、また機会があれば、再訪したいと思います。

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まだ、明るいうちから混雑する ひろめ市場。

ここひろめ市場を抜け、アーケード街を通り、
宿であるホテルに戻りましたが、

その間、まぁ、お酒をもって、差し向かって
談議・談笑する人たちが なんと多い事よ!と驚き。

高知県が生み出してきた 並ではない偉人の多さは
この風土(?)がきっと生み出したに違いない。

そう思えました。


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by npo-iezukurinokai | 2017-06-26 22:26 | 丸石 隆行 | Comments(0)

埼玉

本日の窓口当番の丸石です。
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車の窓を開けると、鼻いっぱいに
ネギの香りが入ってきます。深谷ネギです。

地元農家の方のお話では、焼いてもうまいが、
「そりゃ、あんた てんぷらにしたら一番よ。」
とのこと。

まだ、寒い時期でしたが、埼玉は深谷・大宮にいってきました。
深谷には、偉い人だった渋沢栄一に興味があり、その生家を見に。
大宮には盆栽美術館と近隣の盆栽村を見に。という具合です。
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JR高崎線の深谷駅です。
似ていますでしょ。東京駅に。そう。リトル東京駅なのです。

東京駅がその昔、深谷産の煉瓦(レンガ)を使っていた
ことにより、このような 見た目に改修されたようです。
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ここ深谷には 日本煉瓦製造株式会社という
煉瓦をつくる会社がありました。その会社の設立に動いたのが

幕末、明治期の実業家、渋沢栄一でした。煉瓦に縁がある町で、
所々にその痕跡が見えたりします。
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やってきました。渋沢栄一の生家です。
渋沢栄一は、徳川慶喜の家臣、幕臣として、明治を迎えました。

ちょっと信じられない話ですが、設立にかかわった会社の
数は数百にのぼるようです。現在のみずほ銀行、東京ガス、東急
帝国ホテル、太平洋セメント、キリンビール、サッポロビール

などなど。ため息が出ます。さらにため息がでるのは、自分が
設立にかかわった会社を財閥化、私物化しないで、ひろく公に
ひらこうとしたことです。「公の精神」学ぶべしです。
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案内係のおじさんにお聞きしたところ、
現在では 渋沢さんのご子孫は東京に出てしまって、

ここ深谷には もう残っておられないとのこと。
ちょっと、さびしさを感じつつ、深谷を離れます。
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盆栽村と、盆栽美術館を 一通りまわりました。
自分が盆栽やら、花を少しいじるようになって気づいたこと。

目の届く場所にないと、なんだか落ち着かない。
そして、毎年春になると 芽を出してくれる緑たちが
愛おしくて、抱きしめたくなる。(実際抱きしめています。)
ということです。

アニメ、サザエさんで、カツオたちが空き地で野球をして、
飛んでいった打球が、塀を超えて、盆栽を壊して
その家のおじさんにこっぴどく怒られるシーンが出てきます。

「そりゃ、怒るよ。」と。この歳になって
「カツオ、お前なんてことをしてくれたんだ。」と 
 思うようになりました(笑)


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by npo-iezukurinokai | 2017-05-25 21:19 | 丸石 隆行 | Comments(0)

東京

本日の窓口当番の丸石です。
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イギリス出身のジョサイア・コンドルさん。

「近代、日本建築界の父」といわれる方の銅像です。
東京大学建築学科の父でもあり、本郷キャンパス内に立ってます。

東京にいると像が多いことに気づきます。
特に銅像は、全国の銅像の1/4が 東京に集中しているそうです。
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明治時代、日露戦争で活躍した大山巌像。
鹿児島出身の人で、江戸・徳川政権を倒した側の人です。
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明治の前、江戸末期の人。大村益次郎像。
山口県出身の人で、同じく、江戸・徳川政権を倒した側の人です。

いずれも、そんなに知名度がなくても(失礼!)
東京の中心であろう、皇居に近い場所に立っています。
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さて、上野公園の西郷さんです。
抜群の知名度の人。

鹿児島県出身の人で、江戸・徳川政権を倒した側の人ですが、
明治政権に逆らったからなのか、皇居から遠い上野に立ってます。
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勝海舟像。明治期の銅像の中では、数少ないであろう
東京出身の人で、江戸・徳川政権を穏便に守ろうとした人。

皇居からはさらに遠くになってしまいました。
隅田川を渡った 墨田区役所の前に立っています。

東京という場所は、歴史が浅く、地方から出てきた人に、
活躍の舞台を貸す、貸し舞台のような場所であり、

情報は、勝った側の主導で、操作されうるんだよね。
という事に 銅像を通して気づきます。
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さて、最後に・・・

東大、安田講堂裏に、ひっそりとある 山川健次郎像。
会津若松出身の人で、江戸・徳川政権を猛烈に守ろうとした人。

14,15歳の時に白虎隊に属し、苛烈な籠城戦を経験。
その後、負けた側の人でしたが、東京大学総長になりました。
この国を、人材から作りあげようとした人です。

後世の人が、「尊敬できるよな~この人。」と思う感情と
銅像の大きさや、立っている場所は、関係がないのですね。

銅像の前に置かれているお金(笑)が
ただの銅の置物ではない、銅像を超えた、
身近な存在になっていることを あらわしているようで、
微笑ましいです。


丸石隆行/techtohook丸石隆行一級建築士事務所
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by npo-iezukurinokai | 2016-12-17 23:05 | 丸石 隆行 | Comments(0)

和歌山

本日の窓口当番の丸石です。
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紀州材の産地見学会ということで、和歌山県に行ってきました。

その昔、荒俣宏さんが書かれた陰陽道の本で、
その地名が出てきた 龍神村という、なにか、いかにも
神がかった感じがする すごい名前の 山深い場所です。

私達 見学者のために、杉の木を切り倒すところから 見せて
いただきました。チェーンソーの音が、山に響きます。

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龍神村森林組合のみなさん。現代のキコリさんですね。
着ている服。つけている手袋。ヘルメット、チェーンソー・・・

気になります。とっても! 自分が学生時代に 地下足袋
着けて、腰袋をまとい、ヘルメットをかぶるような

アルバイトをしていたからか、なぜか、とっても親近感がわく
のです。現場に合わせた最適であろう、いで立ち。萌えます。
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手前と、奥の方はスウェーデンのチェーンソーメーカーの
ヘルメットを。真ん中の方は、森林組合のヘルメットを。。

手前の方は、口にすぐ届く位置に、ヘルメットから合図用
なのか、ホイッスル(笛)をぶら下げておられます。

腰袋は作業の邪魔にならないようにお尻にまわし、
お尻と腰袋の間に手斧を差し込み、刃は右手側です。
みなさん同じなので、なにか、意味があるはずです。
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地下足袋は、直に地面を感じられます。
靴と違って、脱げたり、草が入ってきたりしません。

上の方の 地下足袋は、どうやら ちょっと地下足袋の底が
厚底仕様のようです。急峻な山肌に関係しているのでしょうか。
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伐採チームのリーダーの方。馬鹿棒をお持ちになっています。
山からおろしてきた木を、どこで切断して、どのような

商品にされるのかをパッと見て、判断されていきます。
3m、4m、5m、6m。と馬鹿棒を使って 寸法を採ります。

死に節がどこに入っていて、このあたりまでは いかんだろう・・
という言葉通り。切り落とす前の予言がピタリ。すごい。萌え。
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伐採された、木々は、ここ龍神村木材共販所の皆さんの前で
こうして市にかけられるようです。

加工総括課長さんにいろいろと教えていただきました。
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和歌山、紀州、紀ノ国。そうか、木の国なのですね。
県の面積のほぼ8割が森林が占めるそうで、まさに木の国。

和歌山県産の、杉、ヒノキを使いたいです。と指定できる
身になれるよう、精進しないといけません。

そして、木々は あの萌える人たちの手にかかって、
商品になっているのだ。と、思いを馳せないといけません。

丸石隆行/tech to hook丸石隆行一級建築士事務

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by npo-iezukurinokai | 2016-10-20 22:40 | 丸石 隆行 | Comments(0)

福井

本日の窓口当番の丸石です。
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福井県は小浜市に行ってきました。

ここ小浜市は、「御食国(みけつくに)」、「海のある奈良」
「日本遺産の町」ですとか、別称が色々あるようです。

「御食国(みけつくに)」とは、平安時代よりも昔から朝廷に
海産物を貢いでいた国。とのこと。歴史が古いのですね。

京都には、この小浜からの鯖やらグジやらの海産物が
鯖街道とよばれる、諸道を通って、届けられたそうです。

京の都の勝手口。という感じでしょうか。
昔から京都と繋がっていたため、文化も文物も建物も

「うちは、京ゆずりなんですよ~。」というアピールが、
ちょいちょい、まち案内に にじみ出てきます。

それなら「海のある京都」でいいじゃないか。と思うのですが
建物に関しては、室町、鎌倉時代のものが残っているので、

そこは、京都さんより上なんです。奈良なんです。という
またまた アピールがあったりするのです。
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ぶらりと、町を歩いてみると、重要伝統的建造物保存地区に
指定されている場所もあったりして、三間間口で、奥行きがある

おぉ、京都っぽい。という住まいも多く見受けられます。
「重伝建に指定されちゃって、改修が不自由で。」というお話も。
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「あ!豆腐が浮いてる!!」
まちの中には、こんなお宅も。唐突でびっくりしました。
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ぶらぶら歩いていて、カメラで収めよう。と思った建物は、
窓の配置が自分的にいいなぁ。と感じたものが多かったです。
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そんな中で、この窓はいいなぁ。と思った住まいが、
若狭瑪瑙(めのう)という鉱物を売られているお店でした。
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100歳近い、おばあちゃんが店番をされていて、100歳の
おばあちゃんが、自身のおじいちゃんの話をしてくれました。

きっと、あのお話は江戸時代だったはずです。。。
江戸時代の話を、直に聞いている自分が不思議な感じでした。

「お話しされている言葉が、京都弁ですね。」とお話しすると
とても、うれしそうにされていました。
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小浜の市内を見歩き、さぁ「海のある奈良」といわれる
オバマ自慢の寺社仏閣を見に行こう!としたところで、

カメラの電池がなくなり、オフに。。(ガーン!!)
これは、カメラに頼らず、目に焼き付けろ。ということなのか。

室町・鎌倉時代といわれるお寺を、その後4軒 ハシゴし、
国宝、明通寺で締め、一日で16キロ。歩く結果となりました。
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一枚ありました。電源オフ後、しばらくして、
「頼む!カメラよ!生き返ってくれ!!」と念じて、カメラの

シャッターを押したら、最期の命を絞るようにして
撮ってくれた一枚です。室町中期の羽賀寺本堂です。

丸石隆行/tech to hook丸石隆行一級建築士事務所

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by npo-iezukurinokai | 2016-08-27 20:30 | 丸石 隆行 | Comments(0)

滋賀

本日の窓口当番の丸石です。
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ゆるキャラブームの火付け役、ひこにゃんが生まれて10年に
なるそうです。今でも看板が常設されているほどの人気ぶりです。
大の大人が、我先にと、走って ひこにゃんを探しております。

ここ滋賀県には、大いなる悩みがあるそうで、それを知って、
びっくりしました。「滋賀県には知名度がない」ということです。

民間の地域ブランド調査では下位に低迷。昨年は、47都道府県中
ビリから5番目だったとのこと。議会では、県名変更が審議された
というのですから、その悩みの深さ、ただ事ではありません。

琵琶湖もあり、歴史も古く、歴史上の人物も多士済々。
現在の高島屋、大丸、西武グループなど、近江商人の流れをくむ
企業も数多くあり、ひこにゃんもいるのに!と思うのですが・・

そんな中、滋賀県が 今年に入って、県のPRのために制作して、
少し前に話題になったものがありました。



滋賀県広報課が 電通さんと組んで制作したようです。
おちゃらけた感じですが、滋賀県の観光サイトをのぞいてみると、
実際に足を運んでもらえるような 仕掛け作りが綿密です。

「うどん県の香川」「おしい!広島県」など、ここ数年、地方都市
のPR合戦が盛んですが、ありきたりなPRではダメなのですね。

さて、前置きが長くなりました。
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彦根城、琵琶湖にも隣接する、滋賀大学経済学部キャンパス。
「本当に実力のある大学」といわれている大学を見にきました。

旧彦根高商時代から、ここの学生さんしか、うちはとらないよ!
など、関西では就職に強い学校として知られています。

今後、全国初となる統計学やビックデータを扱う 新学部を
立ち上げるそうで、混沌とする世界経済を前に、志望する学生さん
が増えそうですね。
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おとなりの彦根城では、採寸を。彦根城は石田三成の居城だった
すぐ横の佐和山城の遺構を多く利用して、つくったようです。
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寸法が一様ではないのですが、だいたいを押さえていきます。
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ひこにゃんフィーバーを横目にしながら、城下の観光案内所に
寄り、彦根の城下町について、係の方にお聞きします。
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琵琶湖に隣接する城下町だけあって、めぐらされている水路
に目がいきます。夏は大変そうです。
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今回は、彦根を中心に歩いてみましたが、近隣には近江八幡や
大津など、いってみたい。と思える場所が多い事を発見しました。

石田三成を入口にして、まずは彦根から。滋賀県、足を伸ばして
みれば知名度がない。なんて、やはりとんでもない。来て、見て、
次へつながる県だと思いました。

丸石隆行/tech to hook 丸石隆行一級建築士事務所



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by npo-iezukurinokai | 2016-06-28 13:49 | 丸石 隆行 | Comments(0)

福島

本日の窓口当番の丸石です。
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先月の初めに、福島県いわき市に行ってきました。

原子力発電所の周辺警備に、人員が足りないため、震災から
6年目を迎えた現在でも、九州は佐賀から 応援でかけつけて
いるようです。任務とはいえ、頭が下がります。
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2011年4月。震災1ヶ月後。いわき市久之浜町。
福島第一原子力発電所から南へ30kmの海沿いの町です。

当時、地元の方は
「地震、津波、火災、原発、4重苦よ。」と
焼野原を前に つぶやいておられました。
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2012年。震災後2年目。
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2013年。震災後3年目
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2014年。震災後4年目
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2015年。震災後5年目
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2016年。震災後6年目 現在。

海沿いに、遠大な防潮堤が築かれました。防潮堤の間近には
防災緑地が設けられるそうですが、津波で流されたはずの場所に、
また、新たに宅地を計画するようです。

失われたコミュニティーを取り戻すために、
流出してしまった人を、早く、戻したい。
地元の方の意向は 理解できるのですが・・

自然が、人智をあざ笑うように翻弄する。
人は、なすすべもなく、立ち尽くす。

人の力で、科学の力で、自然をねじ伏せきる事は
今後も、できないのではないのか。
そう思える光景を 見てきたと思うのですが・・

いつか、また同じことが 繰り返されないのか。
この国の 国民性の 問題なのでしょうか。

 自分の身に、立ち返ったとき、
設計した建物を、今後、自分は、安全だと、
言い切ることはできるのでしょうか。

倒壊はしません。ただ、度重なる揺れには
住めない家に なるかもしれません。と、
この6年を見てきた目で、それを口にする
事ができるのでしょうか。

ここでは、住めなくなれば、
6年の空白が生み落とされました。

「どうしたら、いいのだろう?」
海からの風が、音を立てて、砂を巻き上げます。
考えが、空転します。 ただ、ただ、無力です。


丸石隆行/tech to hook丸石隆行一級建築士事務所
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by npo-iezukurinokai | 2016-05-07 22:44 | 丸石 隆行 | Comments(0)