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”まちに出た、建築家たち。”ーNPO法人家づくりの会

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千葉

本日の窓口当番の丸石です。
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いつからだったのでしょうか。

「夢の国」が「瞑想&忍耐の国」になってしまったのは・・・
荷物持ち。荷物番。お供の家来。になってしまったのは・・・

娘さんをお持ちの、世のお父様方なら 避けられ難い
千葉にある、東京ディズニーランドでございます。
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「私がいない間に食べないでよ!(怒)」

飢えと寒さにふるえて、やっと腰かけた自分に なんと、
情け容赦ないお言葉。。娘が妻と一緒にトイレに行きました。

残された、ポップコーンを盗むように口に押し込み、
深いため息とともに、道行く家族連れをボーッと眺めます。
「あぁ、このポップコーン、なんて美味しいんだ・・」

ふたりがトイレからなかなか戻ってきません。
20分ほどで、待ちきれず、妻に電話。

「今、お土産見てるから、ごめんね!」
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あ〜 無情。いや、無常!
瞑想の時間にも 限度というものがあります。

これは、何か目的意識をもって、積極的に関わらないと
高額な瞑想時間になってしまいます。
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見上げる先に照明器具・・・
そうだ!
照明だ。照明器具にフォーカスして。この国を楽しもう!
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うーん。さすが、「夢の国」です。多種多様な照明器具が
あるではないですか。
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「夢の国」を演出するために、相当な数のイルミネーション
及び、照明が配されていることに気づきます。
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場所によっては裸電球を残し、
時代とともにLED電球に順次、差し替えているとはいえ、
相当な電気代のはずです。
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鉄板?銅板?叩き出しで造られたランプ達。
電球を覆うガラスもエイジング加工がきちんとされています。
光源が電気ではなく、炎であることを演出するためでしょう。
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電気の供給元である電線部分はもちろん、上手に隠しています。
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楽しくなってきました。
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ランプの中が、どうなっているのか、気になります。
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驚きました。電球の周りを白い不織布で覆って照度を調整。
より、炎感を出すように工夫しでいるのでしょう。
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LED電球が登場する前。
裸電球時代で苦労したであろう事はランプ内の熱の逃がし口です。
裸電球は熱がこもると、長持ちしません。

LED電球が画期的なことは 閉じた照明器具が積極的に作れる。
ということではないでしょうか。

熱の逃がし口が、家形に作られた上部にあります。
細い金網で美しくデザインされています。

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さすが、「夢の国」。妥協せず。か。

このランプ。欲しい! いい形をしとるやないか〜
あの現場にあれば・・・と、想像が膨らみます。
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これは、帰ってきた後に 某照明器具メーカーの
担当者さんから直接聞いた話ですが、

「夢の国」の照明器具は某大手メーカーが、一から
設計協力して、ほとんどを作っているとのこと。

照明にまつわるあれこれ、おもしろいお話しもありましたが、
「夢の国」を壊してはいけません。お口を閉じましょう。

  帰路、娘に聞きました。
「いやぁ〜楽しかったね〜。楽しかった?」

「そうでもなかった・・・」

あぁぁ。無常!!



丸石隆行/techtohook丸石隆行一級建築士事務所

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by npo-iezukurinokai | 2017-12-07 12:36 | 丸石 隆行 | Comments(0)

ロマネスクを訪ねて Ⅶ

サン・ギレム・ル・デゼール修道院のあるギレムで泊まったホテルは、プチホテルとよく呼ばれる。
何百年も経った古い建物を改修したものが多い。。
建築史の専門家ではないから確かなことは言えないが、ロマネスクやルネッサンスの時代に遡ることができる建物ではないか。
そのような古い建物に宿泊できるとは、最高に幸せだ。
日本で言えば、室町、鎌倉時代の建物に泊まっているようなもの。
外観は前回紹介した写真の様に古い石積み。

しかし、石造とは言え、床や屋根などの水平方向に支えるものは木造でできている。
これは世界共通。
アーチの石積みで床を持たせることもあるが、多くは水平方向に木の梁を渡し床や屋根を支える。
天井を見上げると古い黒々とした梁が渡してある。
壁は多くの場合シックイ。
ビニールクロスのようなチャライ材料は使ってない。
ある意味、何もしてないと言えばそうなのだが、それで十分。

向かいの家が見える窓。

ベッドのシーツはきれいだし、シャワーもよく出る。
(たまにそうでないこともあるが…)
これで、何と1泊2~3,000円!
(ユーロになって、今はどうなってるか知らないが)
勿論、素泊まりだけど。
こういったことこそ豊かさ、じゃないのかな?

この旅は大まかな目的地を決めて出発したが、厳密なスケジュールはなく行き当たりばったり。
だからホテルも目的地に着き探すことになる。
フランスでは部屋を見せてもらい、気に入ったら宿泊を決めることができる。
このようなプチホテルを探しながらのロマネスクを訪ねる旅だった。

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所


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by npo-iezukurinokai | 2017-11-24 14:56 | 泉 幸甫 | Comments(0)

栄養を入れて来た

本日 市ヶ谷に座って居るのは田中ナオミです。
先日 スペイン+フランスのバスク地方とポルトガルに行ってきた。
一年に一回建築を見る見る歩く見る見る旅に行く。
何処も彼処も機関銃トークしたいのですが
自分のBlogでもリノベーションの窓口でも出してない画像を。
例えばリスボン当たり前は洗濯物のある景色。
生活があってホッとします。
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ポルトガルは缶詰王国で、しかもパッケージがレトロ可愛く安価。
端から端まで大人買いしたい。
でもお土産用で地元の人の食卓にはのぼらない。
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お菓子パラダイスでもありまして…街の彼方此方で目が釘付けになる。
もちろん、もちろん目だけじゃなくて
胃も喉も鼻も楽しんだのは言うまでもあるまい。
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そんな危険な場所なので
おデブちゃん御用達の下着屋さんも併設されておりました。(サービスカット)
こんなん載せたら家づくりの会の仲間から非難されるなぁ。
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でも 若者は
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by npo-iezukurinokai | 2017-11-14 06:00 | 田中 ナオミ | Comments(0)

ロマネスクを訪ねて Ⅵ

前回のサン・マルタン・ド・ロンドル教会から、
サン・ギレム・ル・デゼール修道院(Saint-Guilhem-le-Désert)へ。
ギレムは修道院も圧巻だったが、村も山奥の渓谷にあって美しい。




フランスでも有数の美しい村に数えられているらしい。
古い村で、スペインへのサンティアゴ・デ・コンポステラへ向かう巡礼者が立ち寄る聖地でもあった。
日本とは違い石造りだから、建物の寿命が格段に長い。
中世の世界に迷い込んだようだ。
ギレムの教会の前には広場があり、プラタナスが植わり、カフェテラスの椅子が並べられている。
ちなみに、奥の建物の3階、右側が僕の泊った部屋。
1階はバール。
(このフランス旅行で泊まった宿屋の話は次回に)




街中を歩いていると、こんな仕上げがさり気なくある。




金物の堀商店のレバーハンドルにこんなのがあったような気がするが、こちらがおおもと。




いよいよギエムの修道院です。
ベネディクト会の修道院で、11~2世紀に建てられた建築。
こちらは裏側で、修道院全体の様子がよくわかる。




教会堂の内部です。




小手先を使ったようなところが微塵もなく、ただ石を積んだだけのようにも見える。
だが、心揺さぶられる壁だ。
それは石の質感か、光か、石の積み方か、石工の気持ちが伝わってくるのか、そのいずれも、なのだろうが、
この良さを何と表現したらいいのか、なかなか言葉が見つからない。
静謐、何の衒いもない、いやいや、そう簡単ではない。
ル・トロネから始まり、このあたりに至ってもうロマネスクの虜になってしまった。

あ~、何と美しことか!




ロマネスクは造形的に美しいというだけの単純な世界ではない。
宗教が関与しているからか、人を包み込む優しさ、安心して何かにゆだねることのでる懐の深さがある。




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by npo-iezukurinokai | 2017-10-16 16:06 | 泉 幸甫 | Comments(0)

ロマネスクを訪ねて Ⅴ

前回までは、ニースから車でエクサン・プロヴァンスの街、山岳地帯にあるボニューの街の絶景を眺めながら、「プロヴァンスの三姉妹」の修道院を見るところまででした。
そこからもっと西へ。
「アビニオンの橋の上で」という歌で知られているアビニオンへ。
アヴィニオンではやはりロマネスク時代の教会、街中などを。
さらにアルルではゴッホが入っていた精神病院などを見る。
精神病院を見たのは、確かゴッホが描いた精神病院があったよなー、くらいの記憶があったからか。
建築的な期待をしてたわけではないが、何となくついつい。
しかし、昨日素晴らしい「プロヴァンスの三姉妹」を見た後だけにがっかり。
修道院をコンバージョンし、黄色いペンキを塗ったひどい建物で、見なきゃよかったと後悔。




ここにゴッホの絵があるわけではない。
やはり旅は、これっ!と思ったものを見るのがよい。

つぎにアルル近郊のサン・ジル教会(SAINT-GILLES)。
サン・ジルは立派な門構えのロマネスクの教会。
それに門の前にも立派な階段がある。
この階段に腰掛け、僕ら4名の御一行様は、フランスパンと水だけの昼食をとる。
この頃、超貧乏というわけでもなかったのだが、背中にロマネスクの堂々とした教会、見上げると南仏の明るい空、階段に座って食べたパンの美味しさが24年後の今でも記憶が残っている。



入り口の上にはやはりたくさんの図像が彫ってある。


真ん中あたりには「弟子の足を洗うキリスト」がある。

モンペリエを通過し、サン・マルタン・ド・ロンドル教会(SAINT MARTIN DE LONDRES)へと向かう。


円形のアプスや軒のジャバラなどはロマネスクのおおらかな形態が残ったいい建物だが、周りに良くない部分も混在している。
この教会は200年くらい前に大改修をやったらしい。
帰ってきてわかったのだが、この建物のオリジナルな部分は、この後に見ることになるギレムの修道院の修道僧によって作られたものとか。
ギレムはこの旅で見た3本の指に入る素晴らしいロマネスク建築だったが、なるほど、ギレムと同じ人たちが作ったのなら、改修の前は相当よかったんだろうな、と想像できる建物だった。
いい建物を後世に改修し、ダメにしてしまうのはいつでも、どこでも同じことなのだろう。
作った者たちの思いれを理解しない人間が今でも横行している。

このあたりの街で見た住宅です。
フランスだなー。


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by npo-iezukurinokai | 2017-10-16 15:58 | 泉 幸甫 | Comments(0)

ロマネスクを訪ねて Ⅳ

「プロバンスの三姉妹」と呼ばれる三つの修道院がある。
一つは前回紹介したル・トロネ、それにシルヴァカーヌ修道院とセナンク修道院。
いずれもシトー派の修道院で、12世紀に作られた、つとに有名な修道院である。
この三姉妹の修道院のあるプロヴァンスは自然も豊か、いい季節も重なりとっても美しい。
車の中の4人は、左右の風景を見ながら、もう有頂天。
右側を見ると、青々とした麦畑の向こうに、多分セザンヌが描いたサント·ヴィクトワール山だろう。麦畑の中にポピーの花まで咲いている。



フランスは農業国だと言われるが、本当にそうだと実感できる。

またバカンスの国。
車がカーブすると突然山岳都市が現れた。近づくと古い、多分何百年も経っていると思しき建物が、よく見るとまだ立派に使われている。このあたりの建物はバカンスに来る人々にも使われているらしいとのこと。
何か豊かだよね~!と思わず言葉がもれる。




そのような風景を見ながらシルヴァカーヌ修道院に着く。
柱がカーブしていて石の重ったるさを感じさせない。



さらに進んだ先のセナンク修道院です。
手前はラヴェンダー畑。




セナンクの地下室。
どういうわけか、上の聖堂もいいが、地下がすごい。




シトー派の修道院には回廊がつきものだが、もちろんトロネやシルヴァかーぬ、セナンクにもある。
この回廊を見比べるのが面白いことに気づいた。
この後にもいろいろな回廊が出てくるが、柱が2列だったり、それがずれていたり、リズムが入っていたり、また回廊のコーナーの納め方がそれぞれ違っていて面白い。
恐らくコーナーの納め方には苦心したのだろう。




まだ旅の始め、シトー派の修道院の配置計画や、これまで知らなかった石のテクスチャー、石が生み出す光など、少しづつ見え始めてきたが、旅はこれから、まだまだ。
ただただ、すごいな~、これすごいよ~と同行の建築家たちは声が弾む。


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by npo-iezukurinokai | 2017-10-16 15:56 | 泉 幸甫 | Comments(0)

ロマネスクを訪ねて Ⅲ

ニース、コートダジュール空港でレンタカーを借り、さー、まずはル・トロネへ。
西に向け高速道路を走り始める。
左下に世界的なリゾート地、ニース、カンヌの見るからにリッチそうな海岸や街が通り過ぎる。
だが、無視。
我々は、ロマネスクを見に行くのだ166.pngとばっかりに、高速道路をひた走り。
ル・トロネは建築家の間では有名な修道院建築。
何故有名かと言えば、ル・コルビュジェが彼の代表作の一つであるラツーレット修道院を設計するにあたり、参考にしたことかららしいのだが、そんなことはどうでもいい、僕にとっては違った理由があった。
フェルナンド・プイヨンという人が書いた、「粗い石」という本がある。
ル・トロネを建てた工事監督の日記という形で書かれている。
修道士でもある建築家が人間の弱さやモノと格闘し、さまざまな矛盾に責めさいなまれる。
といった精神的格闘だけでなく、技術、予算、今で言うプログラムの解決は今の私たち建築家と同じ地平にあり、身近に中世の建築を感じることができる。
建築の名著の一つ。



Le Thoronetに着いたのは午後、遅くだった。
ヨーロッパは日暮れは遅いと言っても、もう薄暗くなり始めた頃だった。

でもいいこともある。
おかげで観光客もほとんどいなく、静か、ひっそりとして我々が貸し切ったようなもの。




我々4人は静謐なトロネの世界に包まれた。


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by npo-iezukurinokai | 2017-10-16 15:54 | 泉 幸甫 | Comments(0)

ロマネスクを訪ねて Ⅱ

最初にロマネスク建築を見たのは1993年。
もう24年前になる。
レンタカーを借り、建築家4人での旅だった。
車の前に二人、後ろに二人座って、行きたいところに行く自由な旅で、この旅があまりにも楽しかったから、数年後に、この同じメンバーでスペインにも出かけた。

ロマネスク建築を見たいと思ったのは建築雑誌(多分SDだったか)で特集が組まれていて、何かビビッと感じるものがあり、是非これを見たい!と思ったのがきっかけだった。
と言っても、どこにどうやって行けばいいのかわからないので、とにかくまずはいろんな建築や美術書をあさることから始めた。
そうやっていたら、どうもロマネスクの中でもシトー派の建物がいいらしいということが段々とわかってきた。
それでも実際に行くとなると、もう一つよくわからない。
この旅の決定的に重要かつ貴重な情報を教えて頂いたのは、そのころ武蔵美の先生をやっておられた馬杉宗夫先生だった。
焼き鳥屋だったかで、フランス全土の地図に、ここは、という建物の場所をプロットしてもらった。やはりその道の大家に教えてもらったことがよかった。

で、フランス全土の地図での大まかな場所はわかったが、車で旅することになると詳しい地図が必要になる。
そのころはまだカーナビがなかったので、頼るのは地図しかない。
この旅行の前にイタリアへバックパッカーのような感じで行ったことがあったが、その時の道案内に使ったのが、ミシュランの道路地図と、ミシュラン・グリーンガイド。
この二つがあると、どこでも行くことができることを知った。
しかもミシュラン・グリーンガイドの教養レベルは相当に高く、日本のミーハーなガイドブックとは全く違うもの。
しかも、ミシュランの道路地図と、グリーン・ガイドブックは連携していて、遠くの町までは道路地図で、その町に辿り着いたらその先はガイドクックを頼りにすればよいように、論理的に整合性が取れ、地図を信頼してその通りに進めば、確実に目的地にたどり着くことができるようにできている。
さすが、デカルトを生み出した国、と思わずにいられないものだ。

でも残念なことに以前はこの南フランス―プロバンスのグリーン・ガイドブックの日本語版が出ていたが、今では絶版になっている。
でもAMAZONの中古で今でも手に入れることができる。
いい本なので今でも求める人が多いようだ。

これに次のこの地図があれば鬼に金棒というわけ。


Atlas Routier France 2014 Michelin Compact Spirale


旅は各ロマネスク教会の目的地と、大まかな日程を組んで、フランスはパリ、そこからニースへ飛んでレンタカーでの2500km旅が始まった。


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by npo-iezukurinokai | 2017-10-16 15:52 | 泉 幸甫 | Comments(0)

ロマネスクを訪ねて Ⅰ

西洋建築で好きなのはロマネスク。特に西暦1000年から1200年ころのフランスの修道院には心を揺さぶる美しさがる。

初めてフランスのロマネスク建築を見たのは1993年、もう24年も前。

これまでの海外旅行で最も感動した旅だった。

感動は自分が全く知らない世界を始めて体験した時に訪れる。ロマネスクの中でもフランスのシトー派の修道院建築は、僕が知らなかった新しい世界をプレゼントしてくれた。


今、ロマネスクについて書いてみたいと思ったのは、「石と光  シトーのロマネスク聖堂」という写真家、六田知弘さんの素晴らしい写真集に最近出会ったからだ。

ロマネスク建築は建物の多くで石の肌をそのままむき出しにしている。

建築の材質は石のみ、と言っていいくらい。

私たち日本人にとって、石でできた建築は人を撥ねつける硬質なものと思われがちだ。

しかし実際に見たロマネス建築は全く違うものだった。

硬さを感じるどころか、石の肌合いは優しく、石でできた空間は優しい光に包まれ、人を優しく抱いてくれるものだった。

六田さんの写真集はそのようなロマネスク建築の世界を十分に表現している。

これから数回にわたってロマネスクの旅について紹介したい。

本当は六田さんの写真を使うことができればいいのだが、著作権があってそういうわけにはいかないから、泉の写真で我慢していただきたい。


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by npo-iezukurinokai | 2017-10-16 15:50 | 泉 幸甫 | Comments(0)

大阪

本日の窓口当番の丸石です
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阪急電車です。

大阪でも「キタ」より北。ホクセツ(北摂)とよばれる地域の
箕面・池田で育った自分には なじみの深い電車です。

現在の阪神阪急ホールディングスの創立者である
実業家 小林一三が電車を敷き、まちづくりをしてきました。

「東の渋沢・西の五代」「東の五島・西の小林」
といわれる あの小林一三です。
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信長が見つけ、秀吉が育て、五代に救われた 商都大阪。
息を吹き返した大阪に、サントリー創業者の鳥井信治郎や

パナソニック創業者の松下幸之助、そして、小林一三などが
同時代で活躍しました。熱い時代ですね~。

そんな商都から北へ、元々は歴史ある土地に電車を通し、
ベッドタウンをつくってきたのが、小林一三です。
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そう、彼が創業したものの中にヅカ(宝塚歌劇団)もありました。
「シンゴジラ」や「君の名は」でウハウハだった東宝もそうです。

宝塚が近く、身近であることもあったのか、同級生の女の子が
タカラジェンヌになった。という話はちょいちょいありました。

電車を敷き、娯楽をつくり、人を集め、街をつくる。
遠大にして、王道。彼が生きていれば、すべてがそろった飽食
の今の時代のまちづくりをどう考えたでしょうか。。。
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阪急百貨店うめだ本店です。
「キタ」の起点である梅田にあり、私が育った箕面・池田と
線路でつながっています。

そうなんです。小林一三が敷いたレールの上を
自分は歩んできたのです。レールが文化や景色をつくり、
人生の元風景をつくっているかもしれないのです。

まちづくりには 深謀遠慮が必要ですね。

丸石 隆行/techtohook丸石隆行一級建築士事務所


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by npo-iezukurinokai | 2017-09-12 22:48 | 丸石 隆行 | Comments(0)