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”まちに出た、建築家たち。”ーNPO法人家づくりの会

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台湾紀行Ⅵ 食事

台湾は料理がおいしい、と旅行した人、皆が言う。
と言われても行ってみないとわからない。
うん、やっぱり、美味しかった。
それも、特別のレストランでなくとも、そのあたりの食堂のメシがおいしいのだ。
台湾大学前にある店で学生がよく来るようだ。
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店先でテイクアウト、そういう学生の食べるものも美味。

その横にあった有名らしいタピオカの店。
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このタピオカは絶品だったのだが、地下鉄の乗り口で、ここから先は飲食禁止の表示。
「郷に入れば郷に従え」で、残念ながら、美味しいタピオカを最後まで飲み干せなかった。台湾ではホームでは飲食禁止なのだ。
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こんなエビ、カニを主にした顎が落ちるほどおいしい高級台湾料理も食べたが、
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一番美味しかったのは、街の食堂で食べたお昼のこの料理。
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こんなお昼を毎日食べたいなー。

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所


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by npo-iezukurinokai | 2017-08-04 17:33 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行Ⅴ 植物

台湾にも帝大があったとは知らなかった。
日本による統治時代に帝国大学として設立されたもので、日本の敗戦まで台北帝国大学としてあったそうだ。
ただ、内地の帝国大学が文部省の管轄であったのに対し、
台北帝国大学は台湾総督府の管轄だった、というのが違う。
現在は国立台湾大学と言って、台湾きってのエリート校。
このキャンパスは東大の配置計画とよく似ている。
東大には本郷通の正門から安田講堂に至る軸線と、
それに直行する道が何本かあるように、台湾大学も同じ配置計画。
日本の統治時代に帝大として作ったのだから似ることになったのだろう。
しかし規模が全く違う。台湾大学の方がはるかにデカイ。
この正門から講堂に至る軸線の両サイドには、南国らしくヤシの木がズラリと植えてある。
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このヤシの木はとっても立派。
名前を見たら、
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成る程、名前に相応しい。
このキャンパスをさらに進んでいったら、
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すごいトゲトゲがある。
恐る恐る触ってみたら、これは凶器になるくらい先が痛い程に硬く尖ったトゲだった。
名前が、すごい。
よく付けたもんだ、座布団一枚。
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さらに奥へと進んでいくと、根元の形が面白い樹があった。
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横から見たら、
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何だ、そういうことなのかと、感心したような、だまされたような。
こういう植物もあった。
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台湾大学のキャンパスは植物を見学するだけでも楽しい。
それは、台湾が亜熱帯と熱帯に属しているからだろう。
よく雨も降り植物は青々と茂っている。

これは台湾大学のキャンパスの中ではないが、
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何という名のシダか知らないけどデッカイ、凄いの一語。
最後に、台北の街中で見た、可憐な白い花。
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白い花は可憐でとっても好きなのだが、
根元に貼ってあった看板です。
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これも美人樹!
「海のマンゴー」という名前らしい。

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-08-04 17:29 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行 Ⅳ 建築街並み編

いま日本でもリノベーションが話題になることが多い。
台湾でかなりレベルの高いリノベを見た。
1950年ころにできた銀行の寮を、最近ホテルにコンバージョンしたもの。

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そう言われて見ると、かつて寮だったかも?と思えなくもないが、
60年前のRCをベースにしたものとは思えないほどエレガントだ。
道路と建物の間の距離の取り方も、とっても繊細にコントロールされている。
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このリノベの優れているところは、まったく新しい建物のようにピカピカにしてしまわないことだ。
古い建物の一部分をあえて残しているところもある。
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入り口の柱は日本でも高速道路の耐震補強に使われる炭素繊維で補強し、そのまま使って素材感を出している。
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内部の共用部分は、スラブをぶち抜き、屋上のトップライトから光が落ち、すがすがしい。
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客室の家具も細やかに設計されていて、冷蔵庫や洗面器、金庫、引き出し、リネン入れなどが一体化されている。
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そしてこのコンバージョンの圧巻は、台湾の街に暮らす庶民の生活の風景がホテルの中へ自然に入ってきていることだ。
この堂々と日常生活を見せることに、自己のアイデンティティーへのリスペクトと共に、誇りを感じる。
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このコンバージョンをやったのは郭旭原さんという台湾の建築家で、彼が直々に案内してくれた。
FORIO DAANというホテル。
このリノベには随所に建築家としての基本的なちゃんとした技術が随所に見られた。
いま日本の若い建築家の間でもリノベが流行っているが、郭さんのようにちゃんとした技術の裏付けを持ってやっている人は少ない。

次に台湾に行くときは是非止まってみたい宿屋だ。

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-08-04 17:21 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行 Ⅲ 建物・街編

九份(きゅうふん)は台湾島の北の端にあり、かつて金を産出した鉱山の町。

日本の統治時代に藤田組が大々的な金採掘をやったらしい。藤田組なんて名前が出てくると建築関係者として身近に感じる。台湾紀行Ⅱでも書いた日式住宅が残っていたり、金鉱博物館がある。金鉱博物館には10億円くらいの金塊が飾ってあって、触ることができる。
しかし、圧巻なのは九份の商店街。幅2~3m位の狭い道の両側に店がぎっしりと延々と続き、人でごった返している。どのくらい歩いたかはわからないが、1km以上はあったはず。
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そんな通りの途中に素敵な階段道があった。

本当は人でごった返していたんだけど、できるだけ人がいなくなった時に撮った写真です。
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この九分の街を歩いて思い出したのが京都の先斗(ぽんと)町。

先斗町も道幅が狭くて歩いていて心地よく、楽しい。
しかし、日本では道幅を防火の点から順次4m以上にすることになっていて、先斗町のような街並みを残すには大変な努力がいる。

消防活動の点から考えると、道幅が狭い木造でできた日本伝統的街並みは確かに危険だ。

でも九份の蛇のように長く建ち並ぶ建物は、よく見るとコンクリート造でできている。九份ががここまで何十年も残ってきたのは、コンクリート造だったからだろう。そうでなかったら、とっくに消えていたに違いない。

ところで九份で不思議なドアを発見!
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不思議でしょう?

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-08-04 17:18 | 泉 幸甫 | Comments(0)

神奈川

本日の窓口当番の丸石です。
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幕末、黒船来航があって以来、近代日本の造船はここから
始まったであろう場所。旧浦賀ドック跡にやってきました。

黒船来航が江戸末期の1853年。

蒸気船をはじめて見て、おったまげて、その後、見よう見まねで
蒸気船をつくるところから初めたことを考えると、感慨深いです。

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さて、浦賀からある場所へ向かうことにします。
歩き始めて、びっくり!な、ななんて、起伏の多い場所!

平板の地図では、土地の起伏まではわからず。
崖から崖を上り下り、するような感覚です。
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「どないなっとんねん!?」
と、ひとり突っ込み。持ち出しの車庫が宙に飛び出しています。

それ以外にも どうして、建っているのか・・・
どうやって、建てているんだ?という家々に遭遇します。

ガケ申請、平均GL算定、急傾斜申請、そこに、
天空率なんて入ってきたら、ギャ~!!です。
ここで、建てておられる設計者のみなさま、尊敬します。
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ひとつ目の目的地。

浦賀を見下ろすような場所にたっている防衛大学校。
ここを受験して、受かっていれば、建築をやっていなかった
事を考えると、またも、感慨深いですね~。

父親に「防大行けば、学生なのに給料もらえるんだぞ!」
そういう言葉を刷り込まれ、行くものだと、思っていま
したが、今から考えると、ひどい話ですね(笑)。
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ふたつめの目的地。

旧横須賀造船所。現在の横須賀基地界隈にやってきました。
写真は、船をつくるための巨大なスチームハンマー。

1865年に江戸幕府がオランダから輸入した。と説明があります。
日本の近代化は、ここから始まったのですね~。
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1/100スケールの戦艦陸奥の模型。軍艦の設計者で有名な
平賀譲の手により設計され、ここ横須賀で造られ、戦時中に、
瀬戸内海で 謎の爆沈をした船です。

戦後、海に沈んだ船体の一部が引き上げられ、船に使われて
いた鉄が、放射性物質を含まない、戦前物だったことから、

ごく微量の放射性物質を測定するときに珍重される「陸奥鉄」
として、原子力関係の進展に寄与したそうです。
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海上自衛隊の護衛艦。3代目「てるづき」

現代の軍艦は 事前に探知するレーダー技術の進歩もあり、
そもそも敵の弾が当たらない前提で造られているようで、
鉄の装甲も薄いようです。

船の動力であるガスタービンエンジンも小型化、省力化
しているとのこと。ただ、軍艦自体が秘密の塊ですから
なにが本当かどうかはわかりませんが・・(笑)

 黒船来航が江戸末期の1853年。

100年や150年で造船・操船先進国とよばれる地位を築くよう
になったことを振り返ると、三度、感慨深いですね~

「失われた20年」という言葉がありますよね。
それでも・・・いつまでたっても、警戒される国である。
という事実は、「スイッチが入ったときの爆発力」
が、ひとつ、あるのかもしれませんね。


丸石隆行/techtohook丸石隆行一級建築士事務所


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by npo-iezukurinokai | 2017-07-29 23:44 | 丸石 隆行 | Comments(0)

高知

本日の窓口当番の丸石です。
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3月のお話ですが、 
家づくり学校の修学旅行で高知に行ってきました。

国の調査によると、世帯あたりの飲み屋で使う飲食代が
全国1位になるような 酒豪の国のようです。

他にも、一人あたりのビール消費量がすごいやら、
お酒にまつわる土佐弁が商店街には あふれています。

「たっすいがはいかん!」「おきゃく」「いごっそう」など
はてな?と思った言葉は、ほぼお酒にまつわる言葉だった
ことに、「衝撃」ならぬ「笑撃」を受けました。

そんな、明るい国の まちあるき・建築巡りです。

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吉良川町の「いしぐろ」とよばれる石垣塀。

浜辺や河原の石を 半分に割ったりして積み上げたものです。
近くにある、拾ってきたよ。的な素材。目から鱗です。

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こちらは、高知県立牧野植物園の温室で使われていた壁。
水と緑との相性がとてもよく、今後の参考になりました。

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白亜の城。沢田マンション。素人が独力で建てた集合住宅です。
夫婦二人で造り始め、20年近くをかけて造られてきたようです。

その奥様にお会いしました。
このような破天荒な伝説を生み出した方です。

初めは、おそるおそる遠くから伺っていましたが
予想に反して、とても気さくな方でホッとしました。
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ベランダに 無造作に干された洗濯物が青空に映えます。
むきだしの建物からのぞく生活。整えられた景色に慣れているので

ここで感じる感覚は大事にしないといけないと思いました。

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高知城。まったく期待をしないで見に来たのですが
感激。開館時間をすぎていたので、外郭をみるだけ。

この写真ではわからないのですが、
天守閣がメインの石垣の軸線とは違って振れています。

なんだか、手間がかかっているように感じるのですが、
高知の気候風土に関係するのでしょうか。

次回、また機会があれば、再訪したいと思います。

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まだ、明るいうちから混雑する ひろめ市場。

ここひろめ市場を抜け、アーケード街を通り、
宿であるホテルに戻りましたが、

その間、まぁ、お酒をもって、差し向かって
談議・談笑する人たちが なんと多い事よ!と驚き。

高知県が生み出してきた 並ではない偉人の多さは
この風土(?)がきっと生み出したに違いない。

そう思えました。


丸石隆行/techtohook丸石隆行一級建築士事務所
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by npo-iezukurinokai | 2017-06-26 22:26 | 丸石 隆行 | Comments(0)

福岡の建築

庄司寛建築設計事務所の庄司です.

先日の福岡出張 by 新幹線…多少時間がかかっても仕事をしながらゆっくり過ごせるので私にとっては空より快適に感じます.打合せの合間に少し博多・太宰府建築探訪…久しぶりに訪れたアクロスは緑の山になっていて,太宰府では大声で中国語が飛び交っていました.

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立ち寄った大濠公園の能楽堂(設計:大江宏)では,能楽の発表会に併せて折詰弁当が無料で配られていました…ちゃっかり一折いただいてしまいました.



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by npo-iezukurinokai | 2017-06-25 08:21 | 庄司 寛 | Comments(0)

台湾紀行 Ⅱ 建物・街編

前回は戦前の日本人が建てた建物を紹介したが、今も日本の店がかなり進出している。こんな店もあった。

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ここは台湾?と見紛うばかり。

モスバーガーは人気があるらしく行列ができていた。セブンイレブンにファミリーマートも吉野家も、すき家に大戸屋もある。セブンには僕がいつも使う歯間ブラシも綿棒も置いてあった。日常の日本が台湾にまで延びていた。

台北には所狭しと集合住宅がひしめき合っている。でもよく見るとに日本の集合住宅と何かが違う。それは何かと思いよく考えてみたら、バルコニーのはね出しは日本ではコンクリートで作るが、台湾でははね出し部分だけを鉄骨で作ったものが多い。

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この鉄骨造のはね出しは、階によっては外部空間に解放されたいわゆるバルコニーだったり、格子で全面的に囲ったり、場合によってはサッシがついて室内化しているものなど、変化に富んでいて見飽きない。

何故はね出し部分だけを鉄骨造にするかと言えば、水平部分をコンクリートで作るには、型枠、支保工が大変で、垂直方向だけコンクリートを打ち、出っ張っている部分はカセットのように後でカチャッと取り付ければ簡単だ。。だからこのような構法は世界中にある。これはアメリカでもよく目にした。

これはボストンで撮った写真。洗練されています。

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このような構法をなぜ日本でしないのか、施工上大変簡単になるが、どうしてかと不思議になった。

今度、防火の専門家に聞いてみようと思うが、多分、防火・非難に関連する規定で鉄骨丸出しでは耐火構造にならないからではないだろうか。



台湾の新しい市街地では、集合住宅も全く新しい景観を作っている。

資本経済に巻き込まれた都市の景観だ。

台湾中部の町、台中の中心地の風景です。

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アメリカと言ってもいいし、中国の沿岸都市と言ってもいい。

でも、どこか日本の高層建築とは違う。

左右対称のファサードで、古典的な造形感覚が入っている。

ところでこのマンションの多くは台北の人が投機目的に所有していて、半分は空き家らしいとか。

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-06-24 15:06 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行Ⅰ 建物編

所要あり、台湾に行くことになった。

韓国には古い民家を見るためにしばしば行っているが、やはり近い台湾には行ったことがなかった。

何となくどんな所か、勝手にイメージしてたが、やはり行ってみないとわからない。

東南アジアでもあるし、中国も、それに日本、そしてグローバリズムも入っている。

まずはアジア的建物から。台北には古い高層の集合住宅がびっしりと建ち並んでいる。九龍城に負けない迫力。
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日本が支配していた時代の建物も数多く残っている。

戦前に建てられた日本人の住宅は入母屋造りですぐわかる。

韓国にも残っているが、いわゆる日式住宅と呼ばれる戦前に日本がアジア各地で作った日本人の住まいだ。

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台北では今、大事に保存改修されて公共施設として使われたりしていた。このように保存してくれていることに、ありがたい気持ちが沸いてくる。

これは九份(きゅうふん)という日本が金山を開発したところに残っている昭和天皇が皇太子時代にここを訪れるために建てた建物らしい。

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庇の出が短いのがちょっと気になるが、ここに立つと、もうほとんど日本。もっともこの建物に昭和天皇は来なかったらしい。

店舗も相当作ったようだ。

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これはやはり日本が作ったタバコ工場で、現在はリノベされて文化施設の展示場として使われている。結構プロポーションが美しい建物だ。

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これは中国スタイルの建物で、お茶屋さん。

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とっても気品のある建物だった。

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建物を見るつもりで入ったら、知らない間にティー・セレモノニーになっていて、高~い烏龍茶を買うことになってしまった。
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泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-06-24 15:02 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行Ⅰ 建物編

所要あり、台湾に行くことになった。

韓国には古い民家を見るためにしばしば行っているが、やはり近い台湾には行ったことがなかった。

何となくどんな所か、勝手にイメージしてたが、やはり行ってみないとわからない。

東南アジアでもあるし、中国も、それに日本、そしてグローバリズムも入っている。

まずはアジア的建物から。台北には古い高層の集合住宅がびっしりと建ち並んでいる。九龍城に負けない迫力。
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日本が支配していた時代の建物も数多く残っている。

戦前に建てられた日本人の住宅は入母屋造りですぐわかる。

韓国にも残っているが、いわゆる日式住宅と呼ばれる戦前に日本がアジア各地で作った日本人の住まいだ。

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台北では今、大事に保存改修されて公共施設として使われたりしていた。このように保存してくれていることに、ありがたい気持ちが沸いてくる。

これは九份(きゅうふん)という日本が金山を開発したところに残っている昭和天皇が皇太子時代にここを訪れるために建てた建物らしい。

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庇の出が短いのがちょっと気になるが、ここに立つと、もうほとんど日本。もっともこの建物に昭和天皇は来なかったらしい。

店舗も相当作ったようだ。

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これはやはり日本が作ったタバコ工場で、現在はリノベされて文化施設の展示場として使われている。結構プロポーションが美しい建物だ。

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これは中国スタイルの建物で、お茶屋さん。

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とっても気品のある建物だった。

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建物を見るつもりで入ったら、知らない間にティー・セレモノニーになっていて、高~い烏龍茶を買うことになってしまった。
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泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-06-24 15:02 | 泉 幸甫 | Comments(0)