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”まちに出た、建築家たち。”ーNPO法人家づくりの会

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台湾紀行 Ⅲ 建物・街編

九份(きゅうふん)は台湾島の北の端にあり、かつて金を産出した鉱山の町。

日本の統治時代に藤田組が大々的な金採掘をやったらしい。藤田組なんて名前が出てくると建築関係者として身近に感じる。台湾紀行Ⅱでも書いた日式住宅が残っていたり、金鉱博物館がある。金鉱博物館には10億円くらいの金塊が飾ってあって、触ることができる。
しかし、圧巻なのは九份の商店街。幅2~3m位の狭い道の両側に店がぎっしりと延々と続き、人でごった返している。どのくらい歩いたかはわからないが、1km以上はあったはず。
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そんな通りの途中に素敵な階段道があった。

本当は人でごった返していたんだけど、できるだけ人がいなくなった時に撮った写真です。
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この九分の街を歩いて思い出したのが京都の先斗(ぽんと)町。

先斗町も道幅が狭くて歩いていて心地よく、楽しい。
しかし、日本では道幅を防火の点から順次4m以上にすることになっていて、先斗町のような街並みを残すには大変な努力がいる。

消防活動の点から考えると、道幅が狭い木造でできた日本伝統的街並みは確かに危険だ。

でも九份の蛇のように長く建ち並ぶ建物は、よく見るとコンクリート造でできている。九份ががここまで何十年も残ってきたのは、コンクリート造だったからだろう。そうでなかったら、とっくに消えていたに違いない。

ところで九份で不思議なドアを発見!
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不思議でしょう?

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-08-04 17:18 | 泉 幸甫 | Comments(0)

神奈川

本日の窓口当番の丸石です。
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幕末、黒船来航があって以来、近代日本の造船はここから
始まったであろう場所。旧浦賀ドック跡にやってきました。

黒船来航が江戸末期の1853年。

蒸気船をはじめて見て、おったまげて、その後、見よう見まねで
蒸気船をつくるところから初めたことを考えると、感慨深いです。

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さて、浦賀からある場所へ向かうことにします。
歩き始めて、びっくり!な、ななんて、起伏の多い場所!

平板の地図では、土地の起伏まではわからず。
崖から崖を上り下り、するような感覚です。
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「どないなっとんねん!?」
と、ひとり突っ込み。持ち出しの車庫が宙に飛び出しています。

それ以外にも どうして、建っているのか・・・
どうやって、建てているんだ?という家々に遭遇します。

ガケ申請、平均GL算定、急傾斜申請、そこに、
天空率なんて入ってきたら、ギャ~!!です。
ここで、建てておられる設計者のみなさま、尊敬します。
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ひとつ目の目的地。

浦賀を見下ろすような場所にたっている防衛大学校。
ここを受験して、受かっていれば、建築をやっていなかった
事を考えると、またも、感慨深いですね~。

父親に「防大行けば、学生なのに給料もらえるんだぞ!」
そういう言葉を刷り込まれ、行くものだと、思っていま
したが、今から考えると、ひどい話ですね(笑)。
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ふたつめの目的地。

旧横須賀造船所。現在の横須賀基地界隈にやってきました。
写真は、船をつくるための巨大なスチームハンマー。

1865年に江戸幕府がオランダから輸入した。と説明があります。
日本の近代化は、ここから始まったのですね~。
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1/100スケールの戦艦陸奥の模型。軍艦の設計者で有名な
平賀譲の手により設計され、ここ横須賀で造られ、戦時中に、
瀬戸内海で 謎の爆沈をした船です。

戦後、海に沈んだ船体の一部が引き上げられ、船に使われて
いた鉄が、放射性物質を含まない、戦前物だったことから、

ごく微量の放射性物質を測定するときに珍重される「陸奥鉄」
として、原子力関係の進展に寄与したそうです。
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海上自衛隊の護衛艦。3代目「てるづき」

現代の軍艦は 事前に探知するレーダー技術の進歩もあり、
そもそも敵の弾が当たらない前提で造られているようで、
鉄の装甲も薄いようです。

船の動力であるガスタービンエンジンも小型化、省力化
しているとのこと。ただ、軍艦自体が秘密の塊ですから
なにが本当かどうかはわかりませんが・・(笑)

 黒船来航が江戸末期の1853年。

100年や150年で造船・操船先進国とよばれる地位を築くよう
になったことを振り返ると、三度、感慨深いですね~

「失われた20年」という言葉がありますよね。
それでも・・・いつまでたっても、警戒される国である。
という事実は、「スイッチが入ったときの爆発力」
が、ひとつ、あるのかもしれませんね。


丸石隆行/techtohook丸石隆行一級建築士事務所


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by npo-iezukurinokai | 2017-07-29 23:44 | 丸石 隆行 | Comments(0)

高知

本日の窓口当番の丸石です。
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3月のお話ですが、 
家づくり学校の修学旅行で高知に行ってきました。

国の調査によると、世帯あたりの飲み屋で使う飲食代が
全国1位になるような 酒豪の国のようです。

他にも、一人あたりのビール消費量がすごいやら、
お酒にまつわる土佐弁が商店街には あふれています。

「たっすいがはいかん!」「おきゃく」「いごっそう」など
はてな?と思った言葉は、ほぼお酒にまつわる言葉だった
ことに、「衝撃」ならぬ「笑撃」を受けました。

そんな、明るい国の まちあるき・建築巡りです。

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吉良川町の「いしぐろ」とよばれる石垣塀。

浜辺や河原の石を 半分に割ったりして積み上げたものです。
近くにある、拾ってきたよ。的な素材。目から鱗です。

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こちらは、高知県立牧野植物園の温室で使われていた壁。
水と緑との相性がとてもよく、今後の参考になりました。

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白亜の城。沢田マンション。素人が独力で建てた集合住宅です。
夫婦二人で造り始め、20年近くをかけて造られてきたようです。

その奥様にお会いしました。
このような破天荒な伝説を生み出した方です。

初めは、おそるおそる遠くから伺っていましたが
予想に反して、とても気さくな方でホッとしました。
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ベランダに 無造作に干された洗濯物が青空に映えます。
むきだしの建物からのぞく生活。整えられた景色に慣れているので

ここで感じる感覚は大事にしないといけないと思いました。

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高知城。まったく期待をしないで見に来たのですが
感激。開館時間をすぎていたので、外郭をみるだけ。

この写真ではわからないのですが、
天守閣がメインの石垣の軸線とは違って振れています。

なんだか、手間がかかっているように感じるのですが、
高知の気候風土に関係するのでしょうか。

次回、また機会があれば、再訪したいと思います。

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まだ、明るいうちから混雑する ひろめ市場。

ここひろめ市場を抜け、アーケード街を通り、
宿であるホテルに戻りましたが、

その間、まぁ、お酒をもって、差し向かって
談議・談笑する人たちが なんと多い事よ!と驚き。

高知県が生み出してきた 並ではない偉人の多さは
この風土(?)がきっと生み出したに違いない。

そう思えました。


丸石隆行/techtohook丸石隆行一級建築士事務所
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by npo-iezukurinokai | 2017-06-26 22:26 | 丸石 隆行 | Comments(0)

福岡の建築

庄司寛建築設計事務所の庄司です.

先日の福岡出張 by 新幹線…多少時間がかかっても仕事をしながらゆっくり過ごせるので私にとっては空より快適に感じます.打合せの合間に少し博多・太宰府建築探訪…久しぶりに訪れたアクロスは緑の山になっていて,太宰府では大声で中国語が飛び交っていました.

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立ち寄った大濠公園の能楽堂(設計:大江宏)では,能楽の発表会に併せて折詰弁当が無料で配られていました…ちゃっかり一折いただいてしまいました.



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by npo-iezukurinokai | 2017-06-25 08:21 | 庄司 寛 | Comments(0)

台湾紀行 Ⅱ 建物・街編

前回は戦前の日本人が建てた建物を紹介したが、今も日本の店がかなり進出している。こんな店もあった。

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ここは台湾?と見紛うばかり。

モスバーガーは人気があるらしく行列ができていた。セブンイレブンにファミリーマートも吉野家も、すき家に大戸屋もある。セブンには僕がいつも使う歯間ブラシも綿棒も置いてあった。日常の日本が台湾にまで延びていた。

台北には所狭しと集合住宅がひしめき合っている。でもよく見るとに日本の集合住宅と何かが違う。それは何かと思いよく考えてみたら、バルコニーのはね出しは日本ではコンクリートで作るが、台湾でははね出し部分だけを鉄骨で作ったものが多い。

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この鉄骨造のはね出しは、階によっては外部空間に解放されたいわゆるバルコニーだったり、格子で全面的に囲ったり、場合によってはサッシがついて室内化しているものなど、変化に富んでいて見飽きない。

何故はね出し部分だけを鉄骨造にするかと言えば、水平部分をコンクリートで作るには、型枠、支保工が大変で、垂直方向だけコンクリートを打ち、出っ張っている部分はカセットのように後でカチャッと取り付ければ簡単だ。。だからこのような構法は世界中にある。これはアメリカでもよく目にした。

これはボストンで撮った写真。洗練されています。

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このような構法をなぜ日本でしないのか、施工上大変簡単になるが、どうしてかと不思議になった。

今度、防火の専門家に聞いてみようと思うが、多分、防火・非難に関連する規定で鉄骨丸出しでは耐火構造にならないからではないだろうか。



台湾の新しい市街地では、集合住宅も全く新しい景観を作っている。

資本経済に巻き込まれた都市の景観だ。

台湾中部の町、台中の中心地の風景です。

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アメリカと言ってもいいし、中国の沿岸都市と言ってもいい。

でも、どこか日本の高層建築とは違う。

左右対称のファサードで、古典的な造形感覚が入っている。

ところでこのマンションの多くは台北の人が投機目的に所有していて、半分は空き家らしいとか。

泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-06-24 15:06 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行Ⅰ 建物編

所要あり、台湾に行くことになった。

韓国には古い民家を見るためにしばしば行っているが、やはり近い台湾には行ったことがなかった。

何となくどんな所か、勝手にイメージしてたが、やはり行ってみないとわからない。

東南アジアでもあるし、中国も、それに日本、そしてグローバリズムも入っている。

まずはアジア的建物から。台北には古い高層の集合住宅がびっしりと建ち並んでいる。九龍城に負けない迫力。
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日本が支配していた時代の建物も数多く残っている。

戦前に建てられた日本人の住宅は入母屋造りですぐわかる。

韓国にも残っているが、いわゆる日式住宅と呼ばれる戦前に日本がアジア各地で作った日本人の住まいだ。

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台北では今、大事に保存改修されて公共施設として使われたりしていた。このように保存してくれていることに、ありがたい気持ちが沸いてくる。

これは九份(きゅうふん)という日本が金山を開発したところに残っている昭和天皇が皇太子時代にここを訪れるために建てた建物らしい。

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庇の出が短いのがちょっと気になるが、ここに立つと、もうほとんど日本。もっともこの建物に昭和天皇は来なかったらしい。

店舗も相当作ったようだ。

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これはやはり日本が作ったタバコ工場で、現在はリノベされて文化施設の展示場として使われている。結構プロポーションが美しい建物だ。

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これは中国スタイルの建物で、お茶屋さん。

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とっても気品のある建物だった。

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建物を見るつもりで入ったら、知らない間にティー・セレモノニーになっていて、高~い烏龍茶を買うことになってしまった。
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泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-06-24 15:02 | 泉 幸甫 | Comments(0)

台湾紀行Ⅰ 建物編

所要あり、台湾に行くことになった。

韓国には古い民家を見るためにしばしば行っているが、やはり近い台湾には行ったことがなかった。

何となくどんな所か、勝手にイメージしてたが、やはり行ってみないとわからない。

東南アジアでもあるし、中国も、それに日本、そしてグローバリズムも入っている。

まずはアジア的建物から。台北には古い高層の集合住宅がびっしりと建ち並んでいる。九龍城に負けない迫力。
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日本が支配していた時代の建物も数多く残っている。

戦前に建てられた日本人の住宅は入母屋造りですぐわかる。

韓国にも残っているが、いわゆる日式住宅と呼ばれる戦前に日本がアジア各地で作った日本人の住まいだ。

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台北では今、大事に保存改修されて公共施設として使われたりしていた。このように保存してくれていることに、ありがたい気持ちが沸いてくる。

これは九份(きゅうふん)という日本が金山を開発したところに残っている昭和天皇が皇太子時代にここを訪れるために建てた建物らしい。

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庇の出が短いのがちょっと気になるが、ここに立つと、もうほとんど日本。もっともこの建物に昭和天皇は来なかったらしい。

店舗も相当作ったようだ。

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これはやはり日本が作ったタバコ工場で、現在はリノベされて文化施設の展示場として使われている。結構プロポーションが美しい建物だ。

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これは中国スタイルの建物で、お茶屋さん。

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とっても気品のある建物だった。

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建物を見るつもりで入ったら、知らない間にティー・セレモノニーになっていて、高~い烏龍茶を買うことになってしまった。
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泉 幸甫/泉幸甫建築研究所

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by npo-iezukurinokai | 2017-06-24 15:02 | 泉 幸甫 | Comments(0)

想いを刻むひと

暑い。。。と感じる春の日の、窓口当番の後藤です

週末に、長野の松本まで
あの、有名なクラフトフェアまつもとに行ってきました
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そこに掲げられていたのは
百の手がつくれば、百の暮らしが生まれます。
工芸を通して、欲しかったものがきっと見つかる。

と、ホントにそうでした
同じような器でも、家具でも、ファブリックでも
良いモノをつくろう!という同じ【想い】でも
それぞれの形、違う結果になって暮らしを彩ってくれるんですね
家も同じですね

ただ、そこに【想い】だけは、込めたいですよね

そんな想いを持った、大工さんに先日出会えました
建物の構造材を、機械ではなく手でつくる
手刻みでやってみよう!となり
機械でパッとつくれば一瞬で出来ちゃう世の中
手で刻むなんて、大変なんですが
大工さんから
「同じつくるなら、楽しくつくった方が良いでしょ!」と笑顔であっさりな一言
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今どきは手刻みで!って仕事も少なくなって
厳しい世の中だよ~~と言いながら
そんな時こそ。と
わざわざ、新人くんを雇ったそうで
理由は
暇な時こそ、教える時間がつくれるからさ!と
笑顔で話す棟梁の、色々な言葉には
【想い】が、深く大きく刻まれてるのでございました

後藤たかし/後藤建築設計
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by npo-iezukurinokai | 2017-05-29 08:00 | 後藤 孝 | Comments(0)

埼玉

本日の窓口当番の丸石です。
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車の窓を開けると、鼻いっぱいに
ネギの香りが入ってきます。深谷ネギです。

地元農家の方のお話では、焼いてもうまいが、
「そりゃ、あんた てんぷらにしたら一番よ。」
とのこと。

まだ、寒い時期でしたが、埼玉は深谷・大宮にいってきました。
深谷には、偉い人だった渋沢栄一に興味があり、その生家を見に。
大宮には盆栽美術館と近隣の盆栽村を見に。という具合です。
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JR高崎線の深谷駅です。
似ていますでしょ。東京駅に。そう。リトル東京駅なのです。

東京駅がその昔、深谷産の煉瓦(レンガ)を使っていた
ことにより、このような 見た目に改修されたようです。
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ここ深谷には 日本煉瓦製造株式会社という
煉瓦をつくる会社がありました。その会社の設立に動いたのが

幕末、明治期の実業家、渋沢栄一でした。煉瓦に縁がある町で、
所々にその痕跡が見えたりします。
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やってきました。渋沢栄一の生家です。
渋沢栄一は、徳川慶喜の家臣、幕臣として、明治を迎えました。

ちょっと信じられない話ですが、設立にかかわった会社の
数は数百にのぼるようです。現在のみずほ銀行、東京ガス、東急
帝国ホテル、太平洋セメント、キリンビール、サッポロビール

などなど。ため息が出ます。さらにため息がでるのは、自分が
設立にかかわった会社を財閥化、私物化しないで、ひろく公に
ひらこうとしたことです。「公の精神」学ぶべしです。
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案内係のおじさんにお聞きしたところ、
現在では 渋沢さんのご子孫は東京に出てしまって、

ここ深谷には もう残っておられないとのこと。
ちょっと、さびしさを感じつつ、深谷を離れます。
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盆栽村と、盆栽美術館を 一通りまわりました。
自分が盆栽やら、花を少しいじるようになって気づいたこと。

目の届く場所にないと、なんだか落ち着かない。
そして、毎年春になると 芽を出してくれる緑たちが
愛おしくて、抱きしめたくなる。(実際抱きしめています。)
ということです。

アニメ、サザエさんで、カツオたちが空き地で野球をして、
飛んでいった打球が、塀を超えて、盆栽を壊して
その家のおじさんにこっぴどく怒られるシーンが出てきます。

「そりゃ、怒るよ。」と。この歳になって
「カツオ、お前なんてことをしてくれたんだ。」と 
 思うようになりました(笑)


 丸石隆行/tech to hook 丸石隆行一級建築士事務所

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by npo-iezukurinokai | 2017-05-25 21:19 | 丸石 隆行 | Comments(0)

おもてなし

少し前ですが、、、「家づくり学校」では修学旅行という懐かしい響きの建築旅行へ行っています。今年は高知から愛媛へ。写真は愛媛の臥龍山荘(がりゅうさんそう)内の茶室、不老庵の路地。要所に飾られた花、この場を熟知した心憎いおもてなしです。

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不老庵自体も、自然に生えている槙の木で屋根を支えているという、、、、自然との調和が半端ない崖にニョキッと生えたキノコのような存在感。

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内部の天井も、、、独特の湾曲で、壁面は川に落ちそうな開放感なのにつつまれた感じの安心感があります。建築小僧の集団、皆パチパチ、キョロキョロ、あーだこーだ、ペチャクチャと毎年楽しい旅行です。

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小野育代/小野育代建築設計事務所


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by npo-iezukurinokai | 2017-05-20 09:18 | 小野 育代 | Comments(0)