愚陀仏庵(ぐだぶつあん)は、夏目漱石が松山中学の教師時代に下宿していた建物です。戦災で消失しましたが、現在、萬翠荘(旧松山藩主の子孫、久松定謨伯爵が大正11年に建設した洋館、現在は愛媛県美術館分館郷土美術館)の裏手に復元されています。
小説「坂の上の雲」には正岡子規がここに(漱石のもとに)50日余り居候したことが書かれていますが、道後にある子規記念博物館にも愚陀仏庵の一階部分が再現されています。
木々の間に静かに佇む庵には、澄んだ懐かしい空気が満ちていました。
たまたま居合わせた初老の紳士が、子規と漱石の交流や久松定謨(前出)の文化的功績を話してくれました。漱石のたくさんの名作は松山から帰京して生み出されたとのこと。
当時ここで、漱石と子規やその仲間たちがどのような話をしていたかを想像するも楽しい!
また別なご婦人は、静かな庵の空気にひとしきり浸ってから「いいですね。どちらから?」と帰り際の私ににこやかに話しかけられました。
ここには穏やかで優しい時間が流れていました。
このように心の和む建物と庭を、しかしことさら和風でなく、つくっていきたいとあらためて思ったのでした。
【坂東 順子/J環境計画(
NPO法人家づくりの会所属)
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