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”まちに出た、建築家たち。”ーNPO法人家づくりの会

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“ポタラ宮” への道-(その10)

私の旅もおわりに近づきました。私の友人とは毎日メールで、お互いの旅程を知らせ合い、最後に成都で待ち合わせ、同じ飛行機で日本に帰ってきました。現在、ラサへは鉄道が開通しております。もし、これからチベットへ旅行するかたは、鉄道が良いのではないでしょうか。
ラサから昆明へ向かう飛行機から見たヒマラヤ山脈の写真を最後にわたしの旅をおわりにしたいとおもいます。

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家づくりの会 藤田辰男設計工房
藤  田  辰  男
by npo-iezukurinokai | 2007-05-31 19:18 | 藤田 辰男 | Comments(0)

“ポタラ宮” への道-(その9)

ここから先の内部の撮影は禁止されているため、これが最後の写真となります。
ここは、基層部でこれより、白宮、紅宮とつづきます。内部はかなり複雑な構成で、どこをどう歩いたか覚えていません。建築構造的には、壁が厚い石造で、床は木製の梁、柱で造られていました。中庭に面した回廊、トップサイド窓など、西洋建築に使われる様式が見られ、中東、及び西洋建築の影響を受けていることが一目で理解できます。

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家づくりの会 藤田辰男設計工房
藤  田  辰  男
by npo-iezukurinokai | 2007-05-31 18:47 | 藤田 辰男 | Comments(0)

“ポタラ宮” への道-(その8)

結局、帰りの飛行機のスケジュールと自分の体調を考え、ポタラ宮に上ったのは、12月4日、ラサに来て7日目のことでした。
午前9時、ポタラ宮に入ることができました。一段一段ゆっくりと階段を踏みしめながら、上るといままでの苦労が忘れる思いでした。

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上の写真のディテールについて、擁壁の上部半分(セピヤ色の部分)が石ではなく、日本の昔の屋根などに見られる“かや葺き”のようになっているのわかるでしょうか。これが、デザイン上のものか、あるいは、構造上の理由なのか、未だに解りません。

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家づくりの会所属 藤田辰男設計工房
藤  田  辰  男
by npo-iezukurinokai | 2007-05-31 18:10 | 藤田 辰男 | Comments(0)

“ポタラ宮” への道-(その7)

石積の塀で囲こまれた、ラサ郊外の農家の写真です。右側の住居部分と左側家畜小屋部分が並列に建っています。居室は冬太陽の光が差し込むように南向きに配置してあります。家の前の道路脇には、家畜のフンが皿のように丸く平らにして、干してありました。木材が少ないため、だいじに燃料に使うのだそうです。

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家づくりの会所属 藤田辰男設計工房
藤  田  辰  男
by npo-iezukurinokai | 2007-05-31 15:52 | 藤田 辰男 | Comments(0)

“ポタラ宮” への道-(その6)

ラサは標高3650mあり日差しが強く、毎日晴天が続きます。その晴天を利用して、太陽光でお湯を作ることが普及しています。写真はデプン寺の中庭で、太陽光集熱器でお湯を沸かしている様子です。集熱器はいたってシンプルで、パネルの仰角や方位をかえることが出来ます。僧侶の話では約45分でやかん一個のお湯が沸きあがるそうです。ここ以外にも、ビルの屋上に集熱器を設置しているのをたくさん見かけました。パネルの表面はクロムメッキがしてあるよう見えました。

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家づくりの会所属 藤田辰男設計工房
藤 田  辰  男
by npo-iezukurinokai | 2007-05-31 13:01 | 藤田 辰男 | Comments(0)

“ポタラ宮” への道-(その5)

ラサに到着して3日が経ちましたが、私はまだポタラ宮に上ることはできません。軽い高山病らしく、体がだるく、食欲がなく、頭痛と息切れがして、到底20階の高さもある建物の階段を上れそうにないと考えたからです。私の友人は一足先にポタラ宮に上り、階段の上りがきついことを話していました。友人は数年前にアンデス山脈で高山病にかかり、高地になれているらしいのです。同じホテルに泊まっていたある旅行者は、高山病がひどくなり、病院で点滴をしてきた、と言っていました。
私は体調が回復するまで待つことにし、友人には次の目的地へ向かってもらいました。
写真はラサ郊外のデプン寺内にある僧侶の宿舎。中国の北部から来たという若い僧侶は、自分の部屋に私を招いてくれて、ウーロン茶でもてなしてくれました。温和なその表情に、人をひきつける強いものを感じました。

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家づくりの会所属 藤田辰男設計工房
藤  田  辰  男
by npo-iezukurinokai | 2007-05-31 12:25 | 藤田 辰男 | Comments(0)

 “ポタラ宮” への道-(その4)

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ラサ旧市街にあるジョカン寺の前で、巡礼者が五体投地(地面にうつぶせになり祈ること)をおこなっている様子。
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人々の中には1000kmも離れた地方から、巡礼のため、一年以上かけて、五体投地をしながら、ラサにやってくるひともいるそうです。
チベット仏教が非常に神秘的であるということを、あらためて知りました。
藤田辰男設計工房
藤  田  辰  男
by npo-iezukurinokai | 2007-05-31 01:30 | 藤田 辰男 | Comments(0)

 “ポタラ宮” への道-(その3)

7世紀初め、チベット最初の統一王朝がラサに都を開きました。
その後、17世紀、ダライ・ラマ5世が、ポタラ宮をラサに建てました。

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チベットは現在中国の統制下にあり、チベット自治区と呼ばれています。チベット王朝のダライ・ラマ14世は現在、インドへ亡命しており、ポタラ宮は主のいない観光用の建築として、中国の公安警察が管理しています。

藤田辰男設計工房
藤  田  辰  男
by npo-iezukurinokai | 2007-05-31 00:18 | 藤田 辰男 | Comments(0)

 “ポタラ宮” への道-(その2)

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ラサ市内に入ると、ポタラ宮がしだいにその姿を現し、やがて、その美しさと、雄大さに圧倒されます。抜けるような青空にまっすぐにそびえ立つその姿は、ギリシャのパルテノン神殿などよりはるかに美しく、高貴に見えました。

藤田辰男設計工房
藤  田  辰  男
by npo-iezukurinokai | 2007-05-30 23:11 | 藤田 辰男 | Comments(0)

 “ポタラ宮” への道-(その1)

d0021969_21564730.jpg今週、“建築家と話そう”担当の藤田と申します。わたしは建築の勉強と称して家族を説得し、一人旅、あるいは、友人と旅行をするのが好きです。
年も押し迫る昨年の11月、チベットのラサへいってまいりました。
今回は、そのときのお話をしたいと思います。だいぶ昔ですが、ポタラ宮の1枚の絵を見て、チベットにこんな美しい建物があるのか、と心のどこかに焼きついていました。暮れの忙しい時期をものともせず、同じ建築設計をしている友人と計画し、決行しました。
11月26日、成田発の飛行機で、まず中国の成都に入り、そこでチベット行きのチケットを買いました(日本では購入できない)。
11月28日、7:50成都発の飛行機にのり、10:00am、標高3640mのゴンカル空港に到着しました。
飛行機を降りて、ターミナルビルへつづくスロープを歩いていると、体が少しだるく感じました。これが高山病の始まりとは知らず、るんるん気分でバスに乗り込みラサへ向かいました。

藤田辰男設計工房
藤  田  辰  男
by npo-iezukurinokai | 2007-05-30 19:56 | 藤田 辰男 | Comments(0)